226 / 392
錨草と紫苑
3 イジワルおねえさんと鈴 2
しおりを挟む
吐いたため息を飲み込みながら、鈴はまたカウンターの中の菫を見た。時間は5時少し前。貸し出した本を渡した後、ご年配の婦人に話しかけられて、笑顔で応対している。常連らしい婦人はやけになれなれしく、菫の肩を叩いたりしている。その上……。
「菫ちゃん。今日はありがとうねえ」
さっきから見ていたのだが、夫人は菫に何か古い小説本を探させているようだった。難題だったのか、菫はパソコンと書架と事務所を何度も行ったり来たりしていた。そして、30分以上の時間をかけて、ようやくお目当ての本を探し当てたようだった。一人の利用者にこんなにも労力と時間をかけられるのは公共図書館ならではだ。頭が下がるのと同時に、思う。
距離。近すぎ。
昨夜ようやく初めて菫を名前で呼ぶことができた。それなのに、常連とはいえ顔見知り程度の人物が菫を名前で呼んでいるのがどうにも納得できない。と、いうよりも、面白くない。
相手は年配のご婦人だ。もちろん、菫にとってはご贔屓にしてくれる優しくてちょっと手のかかるおばあちゃんのお客さん。という認識しかないのはわかっている。そもそも、確実に守備範囲外だろう。それでも、面白くないものは、面白くない。
「当館の№1をご指名かな?」
不意に後ろから声をかけられて、はっとして鈴は振り返った。
「やあ。北島君こんにちは」
そこには、菫の同僚の司書の小柏が立っていた。
「あ……こんにちわ」
鈴は正直彼女が苦手だ。嫌いなのではない。
「それとも、こそこそと、こんなところに隠れてストーキング中かい?」
揶揄うような口調。鈴の気持ちとか全部見透かされているようで、居心地が悪い。だから、苦手なのだ。
「人聞きの悪いこと言わないでください」
それでも、目を離したらとんでもない悪戯をされそうで危ない気がして、鈴は彼女と話すときは目を逸らすことはしないようにしていた。
「うちの人気№1は相変わらずモテモテだねえ」
柱の影の鈴のさらに影から覗き込むようにカウンターを見て、小柏はいった。彼女の視線の先で菫は今度は数人組の小学生と話をしていた。
「調べ物は済んだかな?」
ICチップを読み込むアンテナの上に絵本を置きながら、菫はグループの中の女の子に声をかける。
「はい。いろいろ教えてもらってありがとうございます!」
活発そうな少女がぺこり。と、頭を下げると、残りの子供も一緒になって頭を下げた。その様子に菫が目を細める。やはり、優しい笑顔だった。
「よかった。また、何か分からないことがあったら、きてください」
習うように菫もぺこり。と頭を下げる。それから、返却の日付を告げて、少女に絵本を手渡した。
「ありがとうございます」
菫が本を手渡すと、また、頭を下げてから、口々にお礼を言って、小学生は去っていった。その背中を見送る菫がほ。と、したような表情になる。しかし、小学生の中の一人。地元サッカーチームのユニホームを着た少年が、仲間の目を盗むようにして、戻ってきた。
「あの……っ」
仲間が先に行ったことを確認するように、ちらり。と、そちらの方を見てから、少年は切り出した。
「ありがと。俺も、『レギュラー』? になれるように頑張る。だから。その……」
その後に繋ぐ言葉を探すように、少し躊躇って視線を彷徨わせてから、少年は思い立ったように菫の顔を見る。
「また、ブラックフォクシーズの本借りに来てもいい?」
一生懸命に選んだ言葉に、菫が笑う。喜んでいるのだと、誰の目にもわかる温かな笑顔だった。
「もちろん。いつでもおいで? 他にも楽しい本はいっぱいあるからね」
「ケータ何してんだよ!!」
菫の返答には少年を呼ぶ仲間の超えた重なった。声に促されて少年は菫に手を振りながら走り出した。
「またね。菫さん」
最後に少年が菫に向けた言葉に、また、もや。っと、何かが胸に湧き上がる。
「菫ちゃん。今日はありがとうねえ」
さっきから見ていたのだが、夫人は菫に何か古い小説本を探させているようだった。難題だったのか、菫はパソコンと書架と事務所を何度も行ったり来たりしていた。そして、30分以上の時間をかけて、ようやくお目当ての本を探し当てたようだった。一人の利用者にこんなにも労力と時間をかけられるのは公共図書館ならではだ。頭が下がるのと同時に、思う。
距離。近すぎ。
昨夜ようやく初めて菫を名前で呼ぶことができた。それなのに、常連とはいえ顔見知り程度の人物が菫を名前で呼んでいるのがどうにも納得できない。と、いうよりも、面白くない。
相手は年配のご婦人だ。もちろん、菫にとってはご贔屓にしてくれる優しくてちょっと手のかかるおばあちゃんのお客さん。という認識しかないのはわかっている。そもそも、確実に守備範囲外だろう。それでも、面白くないものは、面白くない。
「当館の№1をご指名かな?」
不意に後ろから声をかけられて、はっとして鈴は振り返った。
「やあ。北島君こんにちは」
そこには、菫の同僚の司書の小柏が立っていた。
「あ……こんにちわ」
鈴は正直彼女が苦手だ。嫌いなのではない。
「それとも、こそこそと、こんなところに隠れてストーキング中かい?」
揶揄うような口調。鈴の気持ちとか全部見透かされているようで、居心地が悪い。だから、苦手なのだ。
「人聞きの悪いこと言わないでください」
それでも、目を離したらとんでもない悪戯をされそうで危ない気がして、鈴は彼女と話すときは目を逸らすことはしないようにしていた。
「うちの人気№1は相変わらずモテモテだねえ」
柱の影の鈴のさらに影から覗き込むようにカウンターを見て、小柏はいった。彼女の視線の先で菫は今度は数人組の小学生と話をしていた。
「調べ物は済んだかな?」
ICチップを読み込むアンテナの上に絵本を置きながら、菫はグループの中の女の子に声をかける。
「はい。いろいろ教えてもらってありがとうございます!」
活発そうな少女がぺこり。と、頭を下げると、残りの子供も一緒になって頭を下げた。その様子に菫が目を細める。やはり、優しい笑顔だった。
「よかった。また、何か分からないことがあったら、きてください」
習うように菫もぺこり。と頭を下げる。それから、返却の日付を告げて、少女に絵本を手渡した。
「ありがとうございます」
菫が本を手渡すと、また、頭を下げてから、口々にお礼を言って、小学生は去っていった。その背中を見送る菫がほ。と、したような表情になる。しかし、小学生の中の一人。地元サッカーチームのユニホームを着た少年が、仲間の目を盗むようにして、戻ってきた。
「あの……っ」
仲間が先に行ったことを確認するように、ちらり。と、そちらの方を見てから、少年は切り出した。
「ありがと。俺も、『レギュラー』? になれるように頑張る。だから。その……」
その後に繋ぐ言葉を探すように、少し躊躇って視線を彷徨わせてから、少年は思い立ったように菫の顔を見る。
「また、ブラックフォクシーズの本借りに来てもいい?」
一生懸命に選んだ言葉に、菫が笑う。喜んでいるのだと、誰の目にもわかる温かな笑顔だった。
「もちろん。いつでもおいで? 他にも楽しい本はいっぱいあるからね」
「ケータ何してんだよ!!」
菫の返答には少年を呼ぶ仲間の超えた重なった。声に促されて少年は菫に手を振りながら走り出した。
「またね。菫さん」
最後に少年が菫に向けた言葉に、また、もや。っと、何かが胸に湧き上がる。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる