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錨草と紫苑
3 イジワルおねえさんと鈴 1
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カウンター近くの壁柱に寄りかかって、鈴はため息を吐いた。視線の先には今朝まで一緒だった愛しい人がいる。菫はカウンターに立っていつもの人の好さそうな笑顔を浮かべていた。見る人をほっとさせるような温かみのある笑顔だ。
鈴は菫の笑顔が好きだ。
いや、大抵の男は恋人の笑顔が嫌いということはないだろう。恋人の一番好きなところを笑顔。と、答える人も多いと思う。鈴も例に漏れずそのクチだ。菫が微笑んでくれるだけで大抵の嫌なことは忘れられる。
それなのに、何故ため息が漏れるのか。
そう自問自答して、また、ため息が漏れてしまった。
昨夜は菫に無理をさせてしまったし、狐の悪戯で車を職場近くの駐車場に置いてきてしまっていたから、遅番シフトに合わせて自転車ニケツで駅まで送り届けた。本当は菫の前ではもう少し恰好つけたいのだけれど、バイクを廃車にしてしまった鈴にはこれが限界だ。就活はほぼ完了している鈴だが、学内コンペやら卒業制作やらでバイトを増やすこともできない。情けないと思っているのに多分気付いているのに、『自転車だと涼しくて気持ちいい』と、笑ってくれる菫がとても大人に思えて、情けないと思うことすらガキっぽくて恥ずかしかった。
菫と別れてから、資料を探したり、教授に卒業制作の相談をしたり、授業はないが、大学のゼミ室に顔を出したのはいいけれど、何もまともに手につかなくて、菫のことばかりを考えていた。
正直自分でも驚くほどに菫に夢中だと思う。
今まで、こんなふうに何かに夢中になったことなんて一度もなかった。人はもちろん、好きだと自覚している建築物のことでもこんなに一日中考えているようなことなんてない。
菫が特別なのだと、鈴はわかっていた。理由は分からないし、分からなくてもいいと思う。
ただ、菫だけが好きだ。
そして、菫が好きだと言ってくれた。
もう、それだけで、夢中になるには十分すぎるくらいの理由だった。
ゼミ室での作業を早めに切り上げたのは、菫が昨夜無理させた菫が心配だったことも間違いないのだが、本当はただ、顔が見たかっただけだった。今日会えなくたって、明日にはデートの約束を取り付けている。菫が手料理をご馳走してくれるというから、もう、どこにも行かないでおうちデートにしようということにした。菫が見たいと言っていた海外のパニックドラマをノンストップで見ようと色気のない計画だけれど、菫がずっと一緒にいてくれるだけで最高の誕生日プレゼントだと思う。
それでも、待ちきれない。
どうしても、今日のうちにもう一度顔が見たくなって、図書館に足を運んでしまった。
鈴は菫の笑顔が好きだ。
いや、大抵の男は恋人の笑顔が嫌いということはないだろう。恋人の一番好きなところを笑顔。と、答える人も多いと思う。鈴も例に漏れずそのクチだ。菫が微笑んでくれるだけで大抵の嫌なことは忘れられる。
それなのに、何故ため息が漏れるのか。
そう自問自答して、また、ため息が漏れてしまった。
昨夜は菫に無理をさせてしまったし、狐の悪戯で車を職場近くの駐車場に置いてきてしまっていたから、遅番シフトに合わせて自転車ニケツで駅まで送り届けた。本当は菫の前ではもう少し恰好つけたいのだけれど、バイクを廃車にしてしまった鈴にはこれが限界だ。就活はほぼ完了している鈴だが、学内コンペやら卒業制作やらでバイトを増やすこともできない。情けないと思っているのに多分気付いているのに、『自転車だと涼しくて気持ちいい』と、笑ってくれる菫がとても大人に思えて、情けないと思うことすらガキっぽくて恥ずかしかった。
菫と別れてから、資料を探したり、教授に卒業制作の相談をしたり、授業はないが、大学のゼミ室に顔を出したのはいいけれど、何もまともに手につかなくて、菫のことばかりを考えていた。
正直自分でも驚くほどに菫に夢中だと思う。
今まで、こんなふうに何かに夢中になったことなんて一度もなかった。人はもちろん、好きだと自覚している建築物のことでもこんなに一日中考えているようなことなんてない。
菫が特別なのだと、鈴はわかっていた。理由は分からないし、分からなくてもいいと思う。
ただ、菫だけが好きだ。
そして、菫が好きだと言ってくれた。
もう、それだけで、夢中になるには十分すぎるくらいの理由だった。
ゼミ室での作業を早めに切り上げたのは、菫が昨夜無理させた菫が心配だったことも間違いないのだが、本当はただ、顔が見たかっただけだった。今日会えなくたって、明日にはデートの約束を取り付けている。菫が手料理をご馳走してくれるというから、もう、どこにも行かないでおうちデートにしようということにした。菫が見たいと言っていた海外のパニックドラマをノンストップで見ようと色気のない計画だけれど、菫がずっと一緒にいてくれるだけで最高の誕生日プレゼントだと思う。
それでも、待ちきれない。
どうしても、今日のうちにもう一度顔が見たくなって、図書館に足を運んでしまった。
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