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錨草と紫苑
1 ケータとすみれおにいさん 2
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今日は平日だ。どんな場所でもそうなのだが、平日の昼間はそれほど人出が多くはない。菫が勤める市立図書館も例外ではなく、目立つのは毎日通っているお年寄りや、夏休み中の学生ばかりだ。
カウンターに帰る途中も何人かの常連さんに声をかけられて、一緒に本を探しに行ったり、立ち話に付き合ったり、なかなか帰らせてはもらえない。上手な人は代わりに本を探しに行ったり、立ち話をサラッと流せるのだが、菫はそれが苦手だった。いちいちおばあちゃんの手を引いて、書架に案内したり、何度も聞いた話を『うん。すごいですね!』と、楽しそうに聞いたりと、暇な常連さんからすれば、いいカモになってしまう。それはわかっていても、変えることはできなかったし、変えなければいけないと強く思ってはいなかった。
図書館は居心地のいい場所であってほしい。そう、思っていた。
重い身体に鞭打ってあっちへこっちへと寄り道をしてから、定例のお叱りを受けたり、盛大に感謝されたり、アメちゃんをポケットに押し込まれたりして、たっぷり20分ほどかけてカウンターに入ろうとした時だった。
「すみません」
後ろから声をかけられて、菫は振り返る。
「はい。……ん? なにかな?」
そこには小学校高学年くらいの子供が5人いた。
「私たち夏休みの宿題でS市の昔話を調べています。近くの昔話の本ありますか?」
声をかけてきたのは先頭に立った女の子だった。少し勝気そうなツリ目の少女で、一般的に言うとかなり可愛い部類に入ると思う。もちろん、菫にとっては守備範囲外なので、小動物が可愛い。と、同じレベルでの話だ。ただ、容姿もさることながら、はきはきしたしゃべり方や、しっかりと伝えたいことを伝えられる話し方から、頭の良さそうな子だな。とも思う。代表して話しかけてきたところを見ると、彼女がリーダーなのかもしれない。
「昔話? うん。あるよ? 棚に案内しますか?」
努めて笑顔を心掛けて答えると、少女は仲間を振り返って顔を見まわしてから、菫に向きなおる。
「お願いします」
ぺこり。と、頭を下げる姿は礼儀正しくて、気持ちのいい子たちだな。と、感じた。
児童のコーナーに移動して地域資料の棚に案内すると、菫は一冊の本を抜き取った。
こういうレファレンスは正直よくある。小学生に限らずに、大人でも地域の民話を調べたいという人は少なくない。だから、そんなときに紹介する本は大抵決まっている。地域の史談会が刊行している本だ。
「これにS市の民話や昔話がいっぱい載っているよ。それから……」
菫は一冊の絵本を差し出す。それは地域出身の版画家が描いた狐の表紙の絵本だった。
「ほら。これ。『黒羽乃介狐』の昔話。夏に『黒羽祭』やっているでしょ? あれの元になったお話だよ」
S市に住む小学生なら大抵一度は授業で扱われる昔話だ。30年ほど前から夏休みの初めの頃に催される『黒羽祭』。先日、菫が地下書庫の扉を見つけた日にやっていた祭りだ。市内で催される祭りでは最大で、図書館のある市民センター前のメインストリートを歩行者天国にして、『黒羽踊り』なる踊りを踊りながら練り歩く。老若男女問わずに『え? S市民全員きてるんじゃね?』くらいに盛大に行われているし、踊りはともかく沿道に立ち並ぶ屋台目当ての家族連れや、若者でごった返すS市二大イベントの一つだ。ちなみにもう一つの大イベントはハロウィンである。
「……あ。知ってる……。この本……学校の図書館に……もあった」
勝気そうな少女のとなりにいた、背の高い少女が横から言う。内気なのか妙におどおどした拙いしゃべり方だ。背が高いのを気にしているのか猫背で、語尾は消え入るようだった。彼女の言葉に菫が視線を向けると、びっくりしたような顔をして、勝気そうな少女のうしろに隠れてしまった。
カウンターに帰る途中も何人かの常連さんに声をかけられて、一緒に本を探しに行ったり、立ち話に付き合ったり、なかなか帰らせてはもらえない。上手な人は代わりに本を探しに行ったり、立ち話をサラッと流せるのだが、菫はそれが苦手だった。いちいちおばあちゃんの手を引いて、書架に案内したり、何度も聞いた話を『うん。すごいですね!』と、楽しそうに聞いたりと、暇な常連さんからすれば、いいカモになってしまう。それはわかっていても、変えることはできなかったし、変えなければいけないと強く思ってはいなかった。
図書館は居心地のいい場所であってほしい。そう、思っていた。
重い身体に鞭打ってあっちへこっちへと寄り道をしてから、定例のお叱りを受けたり、盛大に感謝されたり、アメちゃんをポケットに押し込まれたりして、たっぷり20分ほどかけてカウンターに入ろうとした時だった。
「すみません」
後ろから声をかけられて、菫は振り返る。
「はい。……ん? なにかな?」
そこには小学校高学年くらいの子供が5人いた。
「私たち夏休みの宿題でS市の昔話を調べています。近くの昔話の本ありますか?」
声をかけてきたのは先頭に立った女の子だった。少し勝気そうなツリ目の少女で、一般的に言うとかなり可愛い部類に入ると思う。もちろん、菫にとっては守備範囲外なので、小動物が可愛い。と、同じレベルでの話だ。ただ、容姿もさることながら、はきはきしたしゃべり方や、しっかりと伝えたいことを伝えられる話し方から、頭の良さそうな子だな。とも思う。代表して話しかけてきたところを見ると、彼女がリーダーなのかもしれない。
「昔話? うん。あるよ? 棚に案内しますか?」
努めて笑顔を心掛けて答えると、少女は仲間を振り返って顔を見まわしてから、菫に向きなおる。
「お願いします」
ぺこり。と、頭を下げる姿は礼儀正しくて、気持ちのいい子たちだな。と、感じた。
児童のコーナーに移動して地域資料の棚に案内すると、菫は一冊の本を抜き取った。
こういうレファレンスは正直よくある。小学生に限らずに、大人でも地域の民話を調べたいという人は少なくない。だから、そんなときに紹介する本は大抵決まっている。地域の史談会が刊行している本だ。
「これにS市の民話や昔話がいっぱい載っているよ。それから……」
菫は一冊の絵本を差し出す。それは地域出身の版画家が描いた狐の表紙の絵本だった。
「ほら。これ。『黒羽乃介狐』の昔話。夏に『黒羽祭』やっているでしょ? あれの元になったお話だよ」
S市に住む小学生なら大抵一度は授業で扱われる昔話だ。30年ほど前から夏休みの初めの頃に催される『黒羽祭』。先日、菫が地下書庫の扉を見つけた日にやっていた祭りだ。市内で催される祭りでは最大で、図書館のある市民センター前のメインストリートを歩行者天国にして、『黒羽踊り』なる踊りを踊りながら練り歩く。老若男女問わずに『え? S市民全員きてるんじゃね?』くらいに盛大に行われているし、踊りはともかく沿道に立ち並ぶ屋台目当ての家族連れや、若者でごった返すS市二大イベントの一つだ。ちなみにもう一つの大イベントはハロウィンである。
「……あ。知ってる……。この本……学校の図書館に……もあった」
勝気そうな少女のとなりにいた、背の高い少女が横から言う。内気なのか妙におどおどした拙いしゃべり方だ。背が高いのを気にしているのか猫背で、語尾は消え入るようだった。彼女の言葉に菫が視線を向けると、びっくりしたような顔をして、勝気そうな少女のうしろに隠れてしまった。
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