真鍮とアイオライト 1

司書Y

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夏夜

結婚を前提に 3

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 紙飛行機のマークを押した直後だった。

 ヴヴヴヴ。ヴヴヴヴ。

 今度は電話の着信を知らせるバイブ音。相手は見なくても分かった。分かったけれど、出たくない。出たくないけれど、放っておくと朝まで何度でもかけてくるだろう。
 菫は鈴の顔を見る。鈴は苦笑していた。椿の過保護のことは既に鈴もよく知っていたからだ。

「……ごめん。出るね」

 鈴に断ってから、スマートフォンに目を落とす。当たり前だが、相手は椿だ。
 鈴の前で恥ずかしい。若い女の子ならいざ知らず、たかが一泊好きな人と過ごしたくらいで、深夜に電話をかけて来るなんて。しかも、椿の溺愛ぶりは正直度を超えている。鈴は何も言わないけれど、きっと不快とまではいかなくても、好意的には見られないだろうと思う。

「もしもし。兄ちゃん? ちょっと、何時だと……」

 途端に、何を言っているのかよく分からないけれど、説教だということだけはわかる声が電話の向こうから聞こえてきた。うるさく過ぎて、早口過ぎて何を言っているか分からない。耳がキーンとして、菫はスマートフォンから耳を話した。

「……おいかり……みたいですね?」

 こそ。と、鈴が言う。なんだか、申し訳なさそうな顔をしていた。
 けれど、鈴は何も悪くなんてないのだ。多分、菫だって悪いというほどには悪いことはしていない。

「兄ちゃん。バカだから」

 こそ。と、菫も返事を返した。
 そうして、ひとしきり椿は説教を垂れ流していた。多分、10分くらい。息切れを起こして少し静かになったので、菫は着信をスピーカーに切り替えた。

「ごめん。連絡しなかったのは謝る。でも。今朝、今夜はたぶん遅くなるって言ってあっただろ? メシも用意しといたし。だから、今日は帰らないよ」

 椿を刺激しないように菫は努めて冷静に用件を伝えた。
 本当は、菫だって文句の一つもいいいたい。生まれて今までで一番幸せかもしれない時間を邪魔されたのだ。それでも、それをしなかったのは、これ以上刺激して面倒なことになったら、迎えに来るとか言い出しそうだったからだ。もちろん、椿は鈴の家を知ってはいないけれど。

「お前。あいつといるな?」

 スピーカーから、椿の声。明らかに怒っている。怒りたいのはこっちだよ。と思いながら、少し音量を絞る。怒鳴り声を上げられたらうるさくて仕方ないからだ。

「あのな。兄ちゃん。俺、26歳だよ? 誰といたってよくない?」

 イラっ。とはするが、平常心を心掛けた。うまくいったかはわからない。

「よくない。何歳になったってお前は俺の可愛い弟だ。俺が認めたヤツ以外に婿にやる気はない! てか、誰にでも婿にやる気なんてない!!」

 阿呆すぎる兄の言動に菫はため息をついた。阿呆だ阿呆だとは思っていたけれど、ここまでだったとはと、もの悲しい気持ちになる。
 当たり前だけれど、兄が何と言おうと、鈴と別れるつもりなんてミリもない。鈴と付き合うのに兄の許しが必要だとも思わない。
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