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夏夜
きみがすきだ 3
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「んんっ」
いつもの啄むようなキスではなかった。
噛みつかれるみたいに唇が重なる。驚いて、瞼を閉じることもできない。すぐ近くに鈴の閉じた瞼と睫毛が見える。すごく睫毛が長い。なんて、他人事のように思っていると、一旦、鈴の唇が離れる。同時に、ひらり。と、睫毛が瞬いて、少し色素が薄めの瞳が姿を見せる。
「口。あけて?」
ものすごく。熱を帯びた声。今まで聞いたこともないような艶を纏った声。
操られるみたいに薄く唇を開くと、その隙間から鈴の舌が滑り込んできた。
「んむ?」
驚いて、思わず、ぎゅ。と、鈴の服の胸元を握り締める。柔らかくて熱い舌の感触。戸惑ってどうすることもできないでいる菫の舌が、一瞬で絡めとられた。
「……ん……ふ」
深いキスが初めてなわけではない。もちろん、鈴とは初めてだけれど、どちらにせよ、こんな気持ちになるのは初めてだ。菫は思う。
鼻から漏れる息遣い。唾液の味。歯列を、上顎を、菫の舌を、撫ぜる鈴の鈴の舌の感触。どちらのものかもわからない唾液の交じり合う音。その全部を鈴が自分にだけ呉れるのだという充足感と優越感。この先にある行為への期待感。
鼓動がうるさいくらいに聞こえる。
「……菫さん」
唇が離れると、鈴が熱病に浮かされているかのような声で呟いた。それは同時に、この世で最も大事な理を告げるような真摯な響きを持っていた。
「す……ず」
足に力が入らない。壁に背を預けて、鈴の腕に寄りかかって、妙にふわふわ。と、宙に浮いているような感覚だった。
「……どうしよ。鈴」
思わず思いが口をついた。
深いキスが初めてなわけではない。
けれど、こんなふうに人を好きになったのは初めてだった。
他のものも、他の人もどうでもいいと思うのも。全部捧げてでも自分の方を向いていてほしいのも。誰にも渡したくないし、渡さないためならどんな手段でも使おうと思うのも。相手の性別も年齢も背景も、障害になったとしても、それが、自分に致命傷を与えることがあるとしても、それも全部愛したいと思ったのも。
全部、菫には初めてだったし、もう、二度とこんなふうに思う人はいないと思った。
「きみがすきだ」
いつの間にか涙が溢れていた。
重い。と、我ながら思う。
最初で最後の人と思うのも。盛り上がって、抱かれるために準備までするのも。こんなことですぐに泣いたりするのも。
「……あなたは。どうして。いつも。いつも。そうやって……」
菫の告白に、鈴は驚いたような顔をした後、菫と同じように泣きそうな顔をした。いや、辛そうに細めた瞳には本当に涙が溜まっていた。
その表情に驚いて、菫はその頬に手を伸ばす。菫の両手が鈴の頬に触れる。そのわずかな振動で鈴の瞳から、一粒涙が零れた。
「俺を甘やかさないで? あなたが、嫌と言っても。もう、ずっと、離せないです」
鈴の綺麗な瞳が見つめていた。
そんな綺麗な涙を菫は見たことがなかった。
「いいよ。ずっと、離さないでいて」
背伸びして、ちゅ。と、唇でその涙を拭う。
涙は、少しだけしょっぱかった。
「……俺も。世界中の誰よりもずっと、菫さんが好きです」
菫の手に、鈴の手が重なる。
「だから。……抱かせて」
耳元に聞こえた声が脳を撫ぜる感触に心を奪われているすきに、膝裏に手を入れて、軽々と抱えあげられた。それはもう、驚くほど軽々と。
「す…鈴。や。俺。自分で歩けるよ」
バランスを崩して、鈴の頭を掻き抱く。
「だめ。逃がさない」
そんなことを呟いて、鈴は菫を抱えたまま、階段を上がった。
そうして、二階にある一室のドアを開けて、その中に入る。
いつもの啄むようなキスではなかった。
噛みつかれるみたいに唇が重なる。驚いて、瞼を閉じることもできない。すぐ近くに鈴の閉じた瞼と睫毛が見える。すごく睫毛が長い。なんて、他人事のように思っていると、一旦、鈴の唇が離れる。同時に、ひらり。と、睫毛が瞬いて、少し色素が薄めの瞳が姿を見せる。
「口。あけて?」
ものすごく。熱を帯びた声。今まで聞いたこともないような艶を纏った声。
操られるみたいに薄く唇を開くと、その隙間から鈴の舌が滑り込んできた。
「んむ?」
驚いて、思わず、ぎゅ。と、鈴の服の胸元を握り締める。柔らかくて熱い舌の感触。戸惑ってどうすることもできないでいる菫の舌が、一瞬で絡めとられた。
「……ん……ふ」
深いキスが初めてなわけではない。もちろん、鈴とは初めてだけれど、どちらにせよ、こんな気持ちになるのは初めてだ。菫は思う。
鼻から漏れる息遣い。唾液の味。歯列を、上顎を、菫の舌を、撫ぜる鈴の鈴の舌の感触。どちらのものかもわからない唾液の交じり合う音。その全部を鈴が自分にだけ呉れるのだという充足感と優越感。この先にある行為への期待感。
鼓動がうるさいくらいに聞こえる。
「……菫さん」
唇が離れると、鈴が熱病に浮かされているかのような声で呟いた。それは同時に、この世で最も大事な理を告げるような真摯な響きを持っていた。
「す……ず」
足に力が入らない。壁に背を預けて、鈴の腕に寄りかかって、妙にふわふわ。と、宙に浮いているような感覚だった。
「……どうしよ。鈴」
思わず思いが口をついた。
深いキスが初めてなわけではない。
けれど、こんなふうに人を好きになったのは初めてだった。
他のものも、他の人もどうでもいいと思うのも。全部捧げてでも自分の方を向いていてほしいのも。誰にも渡したくないし、渡さないためならどんな手段でも使おうと思うのも。相手の性別も年齢も背景も、障害になったとしても、それが、自分に致命傷を与えることがあるとしても、それも全部愛したいと思ったのも。
全部、菫には初めてだったし、もう、二度とこんなふうに思う人はいないと思った。
「きみがすきだ」
いつの間にか涙が溢れていた。
重い。と、我ながら思う。
最初で最後の人と思うのも。盛り上がって、抱かれるために準備までするのも。こんなことですぐに泣いたりするのも。
「……あなたは。どうして。いつも。いつも。そうやって……」
菫の告白に、鈴は驚いたような顔をした後、菫と同じように泣きそうな顔をした。いや、辛そうに細めた瞳には本当に涙が溜まっていた。
その表情に驚いて、菫はその頬に手を伸ばす。菫の両手が鈴の頬に触れる。そのわずかな振動で鈴の瞳から、一粒涙が零れた。
「俺を甘やかさないで? あなたが、嫌と言っても。もう、ずっと、離せないです」
鈴の綺麗な瞳が見つめていた。
そんな綺麗な涙を菫は見たことがなかった。
「いいよ。ずっと、離さないでいて」
背伸びして、ちゅ。と、唇でその涙を拭う。
涙は、少しだけしょっぱかった。
「……俺も。世界中の誰よりもずっと、菫さんが好きです」
菫の手に、鈴の手が重なる。
「だから。……抱かせて」
耳元に聞こえた声が脳を撫ぜる感触に心を奪われているすきに、膝裏に手を入れて、軽々と抱えあげられた。それはもう、驚くほど軽々と。
「す…鈴。や。俺。自分で歩けるよ」
バランスを崩して、鈴の頭を掻き抱く。
「だめ。逃がさない」
そんなことを呟いて、鈴は菫を抱えたまま、階段を上がった。
そうして、二階にある一室のドアを開けて、その中に入る。
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