真鍮とアイオライト 1

司書Y

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夏夜

きみがすきだ 2

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 あ。おれ。
 鈴君……じゃなくて、鈴と。

 不意に実感が湧いてきた。
 鈴の誕生日を口実に自分から鈴に強請ったのだということ。そのために頼まれてもいないのに準備までしてきたこと。そして、鈴が菫の願いを受け入れてくれたこと。だから、これから、鈴に、抱かれるのだということ。
 別に夢中になりすぎて何をしているのか冷静に考えられなかったわけではない。鈴のためだとか、責任転嫁をする気もない。だからといって、開き直ってるわけでも、ヤケになっているわけでもない。
 今日はともかくとして、一人でしている時なんて、羞恥心との闘いだった。それでも、やめておこうとは思わなかっただけだ。恥ずかしいよりも、もっと、もっと、鈴の特別になりたいと思っただけだ。
 それなのに、今更、意識してしまった。

「鈴く……鈴……と。……うあ」

 思わず頭を抱えて座り込む。鈴の顔を思い出すだけで顔から火が出そうだった。未だにキスやハグでも心臓が潰れそうなのに、その先なんて心臓がぶっ壊れるかもしれない。

「ヤバ……どうしよ」

 立ち上がり、脱衣所の引き戸に手をかける。かけてから手を止める。
 このまま外に出て鈴がいたらどうしよう。そんなことを思う。鈴の顔を見たら、本当に心臓が止まるかもしれない。
 引き戸から手を離して、手を胸に当てる。びっくりするほど鼓動が早い。

「どう……しよう」

 今更どうすることもできない。やっぱり先に延ばそうななんて言えるはずがないし、言いたくもない。菫だって男だ。したいっていう気持ちが盛り上がってしまってどうしようもない日がある。多分、今日がそう。
 照れくさくても、恥ずかしくても、躊躇っても、惑っても、きっと、深呼吸して心を決めて、ここを出る。ただ、扉を開くのにほんの少しだけいつもより時間をかけるだけ。

「だいじょうぶ」

 大きく深呼吸してもう一度引き戸に手をかける。そして、一拍間を置いてから、菫は戸を開けた。


「え?」

 扉を開けて、菫は思わず固まった。別に今度は知らない場所に立っていたわけではない。そこはさっき扉を閉めたときと同じ場所に通じていた。
 つまりは、鈴の家の脱衣所前の廊下だ。
 だから、驚いたのは、別の理由だ。

「あ……」

 そこに鈴がいたからだ。いや、鈴がいるのも別におかしいことでも何でもない。鈴の家なのだ。
 ただ、鈴が向かい側の壁に背を預けてそこに座っていたから、思わず菫は声を上げた。

「す……ず……く。や。……すず?」

 まだ、慣れていなくて、思わず『君』付で呼んでしまいそうになって、菫はわざわざ言い直す。

「……あ。菫さん」

 鈴の方は『池井』ではなくて、間違えることなく『菫』と、呼んでくれた。なんだか、くすぐったい。けれど、嬉しい。

「なんで。こんなとこ?」

 まるで、菫を待っているみたいに引き戸の前の廊下に片足を抱えて、片足を投げ出して、鈴は座っている。座っている横には菫のトートバッグが置いてある。無事見つけることができたみたいだ。
 鈴は片手にスマートフォンを持っていて、菫が出てくるまで何かを見ていたようだ。

「……や。その。また、なんかあったら。って」

 取り繕うように笑って、鈴は立ち上がった。

「なんか?」

 言っている意味が分からずに菫はオウム返しに答えを返す。

「菫さんが。また、知らんところに、引っ張られたら。困るから」

 菫の問いに苦笑して、鈴は菫の前に立った。びっくりするほどに整った顔がじっと、見つめている。

「も。今夜は。無理です。これで、やっぱなし。とか言われたら、本気で死にます」

 意味を考える間もなく、ぐい。と、引き寄せられて、ぎゅ。と、強く抱きしめられた。
 そのまま、身体をいれ変えられて、壁に押し付けられるようにして、背中を預けて、顔を両手で掴まれたかと思った次の瞬間には唇が塞がれていた。
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