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夏夜
今、しよう? 4
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「……鈴君は、全部ほしくなったり……しない?」
分かってはいるけれど、菫はもう、それでは足りないと思ってしまっていた。
鈴の誕生日を知ってから、今日までたくさん準備してきたのは鈴のためだけではない。誕生日だというのはただの口実で、プレゼントという言葉で自分を奮い立たせていただけだ。
本当はただ……。
「……俺は。おかしいのかな?」
呟いて俯く。
いつからか、触れられると苦しくなった。鈴の手が触れた場所が何だか熱くて、思いが叶わなかったころとは違う動悸に眠れなくなったりした。
年上で、同性で、凡庸で。
おおよそ唆られるような要素なんて一つもない。
それでも、鈴に触れられたいし、触れたい。もっと深いところで繋がりたいし、繋がりたいと思ってほしい。恋人にしか許されない特別なことがしたいし、してほしい。
「……あの」
困ったような鈴の声。顔が見られない。
今ならまだ間に合う。
冗談だと笑えばいい。
本気にした? と、ふざければいい。
そう思っても、言葉が出てこなかった。
代わりに涙が出そうになって、もっと、顔が上げられなくなる。
「……まって。ください。池井さん。ホント。そんな顔。しないで?」
言葉と同時にぎゅ。と、強く抱きしめられた。
「おかしくなんてない。俺だって。菫さんの全部。ほしいです。
誕生日祝ってくれたのも、帰らなくてもいいって言ってくれたのも、めちゃくちゃ嬉しいです。
……ただ。その……こんなこと言ったら、ドン引きされるかもしれないけど。このまますぐに。その……シたら……酷くしてしまいそうで怖いから。少しだけ、落ち着かせてもらっても、いいですか?」
はじめて『菫さん』と、鈴の声が呼んでくれたのが嬉しくて、くすぐったいような気持ちになる。そんなことを思ってから、今度は言っている意味を考えて、脳が沸騰しそうになった。
「……てか。その。俺は。菫さんを抱きたいです。それでも、いいんですか?」
どんな顔をして鈴がそんなことを言っているのか見て見たかった。けれど、鈴の腕は痛いくらいに抱きしめて離してくれない。
「菫さん。女の人と付き合ってたことあるんですよね? あなたが受け入れる側が嫌だっていうなら。尊重したいとは思うんです。でも、あなたを女性扱いするつもりはないけど……俺はあなたを抱きたいです。
俺のエゴを……押し付けたくなくて。だから、そういう雰囲気にならないようにって。でも。ホントは……」
妙に饒舌に話す鈴。
どのくらい自分のことを考えていてくれたのか。
自分と同じように自分をほしいと思ってくれていたのが。
全部完璧な王子様みたいな鈴が、自分みたいな平凡なただの男に嫌われないように必死になってくれているのが。
拙い言葉の端々から伝わって、菫は堪らなく幸せだと思った。
「俺のこと考えてくれてありがと。でも、気遣いとかいらない。俺は。鈴とこの先もできるなら。どっちでもいい。鈴が望むようにしたい。
……てか。たぶん。そうじゃないかって。思って……その。一応。練習? してきたし」
「え?」
菫の言葉に、いきなり鈴がその腕を離して、顔を覗き込んできた。
「練習?」
まじまじと見つめられて、どれだけ恥ずかしいことを言っているのかということに思い至って、菫の頬が真っ赤になった。
「……したんですか? 池井さんが? え? 自分で?」
確かに。した。
したのだけれど、そんなふうに聞かないでほしかった。確認もしないでほしかった。
「だって。それは。慣らしとかないと。すぐに、できるようにはならないって……ネットで。そんなの……鈴君にさせるの……悪いし……。つーか。何。これ。公開処刑ですか?」
言い訳してみたものの、居たたまれなくなって、菫は泣きを入れた。
本当は付き合い始めてすぐに調べたのだ。受け入れる側になるのに抵抗がないわけではなかったけれど、ネットで見たその『下準備』を鈴にさせるなんて想像もできなかった。いや、むしろ、鈴を抱く自分も想像できなかった。
「言ってくれれば……俺が全部したのに」
ぼそ。と、鈴が呟く。冗談かと思ったけれど、顔は真剣そのものだった。
「……じゃあ。池井さん」
「菫でいいよ」
また、『池井さん』に戻っているのが何だか寂しく感じられて、そういうと、自分自身で『菫さん』と呼んでいたことに気付いてなかったのか、鈴は少し驚いた顔をしてから、照れたように笑った。
「じゃあ、菫さんも。鈴って、呼んでください。さっきみたいに」
その言葉に菫も初めて、鈴のことを呼び捨てにしていたことに気付く。
「鈴……」
なんだか、特別になれたみたいで嬉しかった。今までだって十分に特別だったのだろうけれど、また一つ鈴の心の中心に近づけたような気がした。
「はい」
「酷くしてもいいし、受け入れる方でも全然構わない。だから。今がいいよ」
心臓はずっと大きく拍動しているけれど、もう、怖くはなかったし、不安でもなかった。勇気を振り絞らなくても言葉は出てきた。きっと、鈴も同じ気持ちだと分かったからだ。菫は思う。だからこそ、今がいい。
「うん。今。しよう。俺、大事にしますから」
鈴の両手が頬を包み込む。そうして、顔を上げられて、唇が重なった。
分かってはいるけれど、菫はもう、それでは足りないと思ってしまっていた。
鈴の誕生日を知ってから、今日までたくさん準備してきたのは鈴のためだけではない。誕生日だというのはただの口実で、プレゼントという言葉で自分を奮い立たせていただけだ。
本当はただ……。
「……俺は。おかしいのかな?」
呟いて俯く。
いつからか、触れられると苦しくなった。鈴の手が触れた場所が何だか熱くて、思いが叶わなかったころとは違う動悸に眠れなくなったりした。
年上で、同性で、凡庸で。
おおよそ唆られるような要素なんて一つもない。
それでも、鈴に触れられたいし、触れたい。もっと深いところで繋がりたいし、繋がりたいと思ってほしい。恋人にしか許されない特別なことがしたいし、してほしい。
「……あの」
困ったような鈴の声。顔が見られない。
今ならまだ間に合う。
冗談だと笑えばいい。
本気にした? と、ふざければいい。
そう思っても、言葉が出てこなかった。
代わりに涙が出そうになって、もっと、顔が上げられなくなる。
「……まって。ください。池井さん。ホント。そんな顔。しないで?」
言葉と同時にぎゅ。と、強く抱きしめられた。
「おかしくなんてない。俺だって。菫さんの全部。ほしいです。
誕生日祝ってくれたのも、帰らなくてもいいって言ってくれたのも、めちゃくちゃ嬉しいです。
……ただ。その……こんなこと言ったら、ドン引きされるかもしれないけど。このまますぐに。その……シたら……酷くしてしまいそうで怖いから。少しだけ、落ち着かせてもらっても、いいですか?」
はじめて『菫さん』と、鈴の声が呼んでくれたのが嬉しくて、くすぐったいような気持ちになる。そんなことを思ってから、今度は言っている意味を考えて、脳が沸騰しそうになった。
「……てか。その。俺は。菫さんを抱きたいです。それでも、いいんですか?」
どんな顔をして鈴がそんなことを言っているのか見て見たかった。けれど、鈴の腕は痛いくらいに抱きしめて離してくれない。
「菫さん。女の人と付き合ってたことあるんですよね? あなたが受け入れる側が嫌だっていうなら。尊重したいとは思うんです。でも、あなたを女性扱いするつもりはないけど……俺はあなたを抱きたいです。
俺のエゴを……押し付けたくなくて。だから、そういう雰囲気にならないようにって。でも。ホントは……」
妙に饒舌に話す鈴。
どのくらい自分のことを考えていてくれたのか。
自分と同じように自分をほしいと思ってくれていたのが。
全部完璧な王子様みたいな鈴が、自分みたいな平凡なただの男に嫌われないように必死になってくれているのが。
拙い言葉の端々から伝わって、菫は堪らなく幸せだと思った。
「俺のこと考えてくれてありがと。でも、気遣いとかいらない。俺は。鈴とこの先もできるなら。どっちでもいい。鈴が望むようにしたい。
……てか。たぶん。そうじゃないかって。思って……その。一応。練習? してきたし」
「え?」
菫の言葉に、いきなり鈴がその腕を離して、顔を覗き込んできた。
「練習?」
まじまじと見つめられて、どれだけ恥ずかしいことを言っているのかということに思い至って、菫の頬が真っ赤になった。
「……したんですか? 池井さんが? え? 自分で?」
確かに。した。
したのだけれど、そんなふうに聞かないでほしかった。確認もしないでほしかった。
「だって。それは。慣らしとかないと。すぐに、できるようにはならないって……ネットで。そんなの……鈴君にさせるの……悪いし……。つーか。何。これ。公開処刑ですか?」
言い訳してみたものの、居たたまれなくなって、菫は泣きを入れた。
本当は付き合い始めてすぐに調べたのだ。受け入れる側になるのに抵抗がないわけではなかったけれど、ネットで見たその『下準備』を鈴にさせるなんて想像もできなかった。いや、むしろ、鈴を抱く自分も想像できなかった。
「言ってくれれば……俺が全部したのに」
ぼそ。と、鈴が呟く。冗談かと思ったけれど、顔は真剣そのものだった。
「……じゃあ。池井さん」
「菫でいいよ」
また、『池井さん』に戻っているのが何だか寂しく感じられて、そういうと、自分自身で『菫さん』と呼んでいたことに気付いてなかったのか、鈴は少し驚いた顔をしてから、照れたように笑った。
「じゃあ、菫さんも。鈴って、呼んでください。さっきみたいに」
その言葉に菫も初めて、鈴のことを呼び捨てにしていたことに気付く。
「鈴……」
なんだか、特別になれたみたいで嬉しかった。今までだって十分に特別だったのだろうけれど、また一つ鈴の心の中心に近づけたような気がした。
「はい」
「酷くしてもいいし、受け入れる方でも全然構わない。だから。今がいいよ」
心臓はずっと大きく拍動しているけれど、もう、怖くはなかったし、不安でもなかった。勇気を振り絞らなくても言葉は出てきた。きっと、鈴も同じ気持ちだと分かったからだ。菫は思う。だからこそ、今がいい。
「うん。今。しよう。俺、大事にしますから」
鈴の両手が頬を包み込む。そうして、顔を上げられて、唇が重なった。
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