真鍮とアイオライト 1

司書Y

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君が綺麗と言う満月の夜のあれこれ

5 俺。カワイイ……?

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「……お前の大事なものは預かっているんだが」

 トートの中からちらりと菫から奪ったものをのぞかせて、菫の顔をした相手は言った。

「お前……あのキツネか? ……ってか、返せよ」

「返してほしく得れば俺と勝負しろ」

 菫の怒りを軽くいなすように、ひらひらと手を振って、キツネ(仮)は言った。

「勝負?」

 聞き返すと、その口が弓形にしなる。

「そうだ。間に合っているっていうなら、お前にも伴侶となるべき相手がいるんだろう。もし、その相手がお前に化けた俺たちに気付いたらお前の勝ちだ。大事なものは返してやる。けれど、分からなければ、大事なものは返してやってもいいけれど、お前は黒様の嫁になってもらう」

「はあ? ふざけ……」

 一瞬まずどこから文句をつけようかと戸惑う。ツッコミどころが多すぎる。

「否も応も聞く気はない」

 結局、口をパクパクとしている間に、キツネはぴしゃり。と、菫の返事を遮った。

「それ! 面白い。俺もやる~♪」

 ネイビーがくるり。と、指先を振ると、ふわり。と、身体が一瞬軽くなる。そして、次の瞬間、身体は炎に包まれた。
 嘘だ。と、思う。次に死ぬのかと、他人事のように、思う。それから、一呼吸おいて熱くないことに気付く。気付いたころには炎は消えていた。

「にゃ」

 口を開くと、子猫の鳴くような声がする。否、猫そのものの声がした。視界に映る先、自分の手が白く、小さい。掌を見ると、思わず触りたくなるようなキュートな肉球が姿を見せていた。
 周りを見回すと、何もかもさっきより大きい。いや、多分小さくなったのは自分だ。
 信じたくはない。信じたくはないけれど、身体は人ではないものに変化していた。それが、愛する猫様の姿だったことだけが唯一の救いだ。いや、救いなのか?

「お前の相手とやらのところに案内してもらおうか」

「にゃ。にゃにゃにゃ。にゃーにゃんにゃああっ」

 元に戻せとか。
 そんな勝負知らんとか。
 あれを返せとか。
 ここがどこかもわからんのに、案内できるかとか。
 言ったつもりだったけれど、出てきた声は全部にゃあ。だった。

「可愛いね」

 ネイビーが言う。確かに。俺。カワイイ。

「うるさい。あっちに少し行けば青木線沿いのコンビニだ。そこまで行けば場所はわかるだろう」

 場所の説明以外の文句は全てスルーしてキツネは言った。本当に反対意見は聞いてくれないらしい。

「逃げるなら、身体もそのままだぞ」

 そう言われて、観念するしかなかった。
 とぼとぼ。と、歩き出す。

 鈴は、こんな俺がわかるだろうか。
 不安がないというと嘘になる。こっそりと後ろからついてくるキツネたちを見ると、どう見ても自分にしか見えない。多分、ここに兄ちゃんが現れたとしても、見分けはつかないだろう。
 ただ、俺だから。というよりも、こういうことに慣れているから、きっと、鈴ならキツネには気付いてくれると思う。けれど、菫は思う。

 また、面倒なことに鈴を巻き込んでしまう。

 鈴と付き合い始めて数か月。お互いに忙しくはあるけれど、時間を作ってできる限り会うようにしている。お付き合いは順調だと思う。
 けれど、菫には不満があった。鈴といい雰囲気になると何故か邪魔が入るのだ。大抵、それは人ではない何かの仕業だった。
 だから、二人の関係はまだ、キスどまりだ。
 そんな清い(?)関係に鈴は不満がないだろうか。
 その上面倒くさいことに巻き込まれてばかりいる菫を嫌になったりしないだろうか。
 そもそも、何の取柄もない自分がいつまで好きでいてもらえるんだろうか。
 そんなことを考えると、気持ちはどんどん暗く沈んでいった。

 ふと。車のヘッドライトが目の前を横切って、松林を抜けたのだと気付く。いつも鈴と待ち合わせをするコンビニのそばに出ていた。いつもの通勤路のそばにあんな社があるなんて知らなかった。
 鈴の家はすぐそこだ。
 くるり。と、キツネを振り返ると、言外に早く行け。と、目で促された。
 仕方なく、鈴の家に向かって歩き出す。

 今日が、鈴に愛想をつかされる日でなければいいと願いながら。
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