真鍮とアイオライト 1

司書Y

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君が綺麗と言う満月の夜のあれこれ

2 もふさ

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 市民センター職員通用口のガラス扉。白い金属の枠にガラスで外が見えるようになっている。外側からはセキュリティカードで開錠する扉は内側から開けるときには膝くらいの位置にあるサムターンを回して開錠する。そんな何の変哲もない扉の先に、異世界が広がっていたのだ。

「は?」

 松葉が散り敷いた感触が靴底から足裏に伝わる。市民センター職員通用口前の石畳とは違う柔らかな感触。周りには松の幹が群生している。
 ばたん。
 と、扉の重さの割には少し控え目な音がして、背後で扉が閉まった。閉まった音で、こんな経験したことある。と、思う。思ってから、しまった。と、思うけれど後の祭りだ。振り返ると当然のように扉は消えていた。

「……ああ」

 菫は思わず呻いた。呻かずにはいられなかった。
 今日は菫にとっては大切な日だった。心に決めていたことがあった。
 それなのに、また、ろくでもないことに巻き込まれたらしい。

「勘弁しろよ」

 呟いて、あたりを見回す。そこで、菫ははっとした。

「あれ?」

 以前、こんなことがあったときには、どこまでも続く松林の中にいた。奥がかすんで見えないほど先までそれは続いていた。
 けれど、今日は違う。少し先に信号機と思しき赤い光が見える。木々の隙間から民家らしき影も見える。その前をヘッドライトが横切った。
 松林はおそらく幅が100mほど。長さは暗くてよく見えないが相当の長さがありそうだが、その先にちらちらと明かりが見えていた。

「なんか……ちがう?」

 そのとき。ふと、視界の端、見覚えがあるものが掠めた。もふさ。と、したもの。誘うように木々の間に消える。

「……マジか」

 あの日。あのもふさ。を、追ってついた先に社があった。そこに入らなかったのは偶然(?)だったけれど、入らなくてよかったと、後で思った。入ったら戻れなくなると、確信めいた思いがあった。だから、きっと、この誘いに乗ってはいけない。
 菫は思う。
 きっと、今度は、本当に、戻れなくなる。

「……とにかく。道路に出よう」

 あのもふさ。が、何を伝えたいのか、興味がないわけではないけれど、そちらに行く気は菫にはなかった。
 今日はだめだ。今日は菫にとっては特別な日なのだ。1か月以上前から計画していた大切な日。なのに人手が足りなくて、休みを取ることができなかった。その上遅番シフトになってしまったから、菫は焦っていた。これ以上遅くなるわけにはいかない。
 だから、今日は。今日だけは、他のことに構っているわけにはいかなかった。

 もふさ。が、消えた木々に背を向けて、菫は歩き出す。道路はすぐそこだ。そこまで出られれば、少なくとも今いる場所はわかるはずだ。いや。もしかしたら、ここならスマートフォンで場所を検索できるかもしれない。画面を確認するとちゃんと電波は届いていた。
 G先生に現在地を聞こうとすると、す。と、何かが、トートバッグをかけた肩の方を掠めた。
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