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君が綺麗と言う満月の夜のあれこれ
1 平凡って何? 美味しいの?
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ドアを開けたら別世界だった。
なんて経験、ラノベ以外ではそうそうあることじゃないと思う。大抵の人は一生に一度も経験せずに終わる。
それが、菫が知っている世界の常識だ。
菫は自分が平凡極まりない人間だと思っている。多分他人から見た菫も所謂『普通の人』だろう。多少(?)変わった特殊技能を持ち合わせてはいるけれど、『ちょっと変わった眼』なんて、履歴書に書くこともできないし、自慢もできない。
ともかく、平凡な己には平凡な人生が相応しい。と、菫は思ってはいる。
けれど、ドアをあけると、そこは見たことのない場所だった。
半月ほど前。夏の初め。祭りの夜。図書館の地下で扉を見つけた。そこは見たことがないほどに広い松林とその中に佇む稲荷神社の社があった。山ではなくなだらかな丘にどこまでそうなのかわからないほど広い松林が広がっていた。さすがに菫の知る限り、近くにそんな広い林が広がっている場所はない。
あるはずのない不思議な扉から繋がる、あるはずのない不思議な林が。そして、その先にはやはりあるはずがない不思議な社があった。
物理法則を簡単に無視するのはやめてほしい。と、モノ申したいけれど、あるはずがない不思議な扉の先にある場所なら、五百歩くらいは譲って、非日常が繋がっているのは理解できないわけではない。
けれど、今日。異世界に繋がった扉は、毎日通っている実在する扉だったのだ。
遅番業務が終わったのはいつもと同じ午後8時15分。数名の仲間と閉館業務を終わらせて、終礼をして、着替えをして、ロッカーを出たのが8時20分。スマートフォンを取り出して確認すると、鈴から3件のLINEの着信。
おつかれさまです。
と、最近使い始めたコノハズクのスタンプ。寝ているのか起きているのか分からない表情がどこか鈴を思わせて可愛かった。
明日、時間があったら図書館に顔出します。
明後日。楽しみです。
付き合う前とあまり変わらない飾り気のない鈴のメッセージ。相変わらずの敬語。
変わったのは以前より頻繁に図書館に顔を出してくれること。時間が合えば会いたいと言ってくれるようになったこと。
今日も月が綺麗ですね。
それから、少し控え目だけれど気持ちを隠さずに伝えてくれること。
どんな顔でこのメッセージを打っているのか考えると、ぎゅ。と、心臓を掴まれたような、わあ。と、声を上げたいような、ちょっと鼻の奥がつんとするような気持ちになる。つまりは、きゅんきゅんさせられっぱなしな菫だ。
今日は、満月の夜。天気もいい。だから、きっと月は綺麗だろう。いや。たとえ雨が降っていても月は綺麗なのだ。月でなくてもいい。さあ。と、吹く風の頬を撫でるのが心地いいとか。廂から落ちる雫の音が澄んで聞こえるとか。曇った空に街の明かりが反射して仄かに光っているとか。わずかな自然や風景の揺らぎや表情の美しさを伝えたい人がいることをこの国は恋と言う。
つまりは、鈴は恋をしているのだ。
そして、菫も。
ぎゅ。と、スマートフォンを握る。返事は月を見てからにしよう。と、思う。鈴の感じたものを菫もちゃんと感じたい。それから、今日はどうしても伝えたい言葉があった。
トートバッグの中に入れてある大事なもの。ちら。と、確認する。家に忘れてはいけないと何度も確認した。今もちゃんとそれはそこにある。
「急ごう」
どきどき。と、鼓動が早くなる。楽しみな気持ちと、少しの不安。気持ちが逸る。
だから、何も確認することなく、菫はいつも通りにうち鍵を回して、その金属製の取っ手に手をかけた。
なんて経験、ラノベ以外ではそうそうあることじゃないと思う。大抵の人は一生に一度も経験せずに終わる。
それが、菫が知っている世界の常識だ。
菫は自分が平凡極まりない人間だと思っている。多分他人から見た菫も所謂『普通の人』だろう。多少(?)変わった特殊技能を持ち合わせてはいるけれど、『ちょっと変わった眼』なんて、履歴書に書くこともできないし、自慢もできない。
ともかく、平凡な己には平凡な人生が相応しい。と、菫は思ってはいる。
けれど、ドアをあけると、そこは見たことのない場所だった。
半月ほど前。夏の初め。祭りの夜。図書館の地下で扉を見つけた。そこは見たことがないほどに広い松林とその中に佇む稲荷神社の社があった。山ではなくなだらかな丘にどこまでそうなのかわからないほど広い松林が広がっていた。さすがに菫の知る限り、近くにそんな広い林が広がっている場所はない。
あるはずのない不思議な扉から繋がる、あるはずのない不思議な林が。そして、その先にはやはりあるはずがない不思議な社があった。
物理法則を簡単に無視するのはやめてほしい。と、モノ申したいけれど、あるはずがない不思議な扉の先にある場所なら、五百歩くらいは譲って、非日常が繋がっているのは理解できないわけではない。
けれど、今日。異世界に繋がった扉は、毎日通っている実在する扉だったのだ。
遅番業務が終わったのはいつもと同じ午後8時15分。数名の仲間と閉館業務を終わらせて、終礼をして、着替えをして、ロッカーを出たのが8時20分。スマートフォンを取り出して確認すると、鈴から3件のLINEの着信。
おつかれさまです。
と、最近使い始めたコノハズクのスタンプ。寝ているのか起きているのか分からない表情がどこか鈴を思わせて可愛かった。
明日、時間があったら図書館に顔出します。
明後日。楽しみです。
付き合う前とあまり変わらない飾り気のない鈴のメッセージ。相変わらずの敬語。
変わったのは以前より頻繁に図書館に顔を出してくれること。時間が合えば会いたいと言ってくれるようになったこと。
今日も月が綺麗ですね。
それから、少し控え目だけれど気持ちを隠さずに伝えてくれること。
どんな顔でこのメッセージを打っているのか考えると、ぎゅ。と、心臓を掴まれたような、わあ。と、声を上げたいような、ちょっと鼻の奥がつんとするような気持ちになる。つまりは、きゅんきゅんさせられっぱなしな菫だ。
今日は、満月の夜。天気もいい。だから、きっと月は綺麗だろう。いや。たとえ雨が降っていても月は綺麗なのだ。月でなくてもいい。さあ。と、吹く風の頬を撫でるのが心地いいとか。廂から落ちる雫の音が澄んで聞こえるとか。曇った空に街の明かりが反射して仄かに光っているとか。わずかな自然や風景の揺らぎや表情の美しさを伝えたい人がいることをこの国は恋と言う。
つまりは、鈴は恋をしているのだ。
そして、菫も。
ぎゅ。と、スマートフォンを握る。返事は月を見てからにしよう。と、思う。鈴の感じたものを菫もちゃんと感じたい。それから、今日はどうしても伝えたい言葉があった。
トートバッグの中に入れてある大事なもの。ちら。と、確認する。家に忘れてはいけないと何度も確認した。今もちゃんとそれはそこにある。
「急ごう」
どきどき。と、鼓動が早くなる。楽しみな気持ちと、少しの不安。気持ちが逸る。
だから、何も確認することなく、菫はいつも通りにうち鍵を回して、その金属製の取っ手に手をかけた。
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