真鍮とアイオライト 1

司書Y

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化けて化かす性質のもの

5 冴夜と新左

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 同時に赤い炎が湧き上がる。まるで、黒とネイビーを燃やすようにその炎は大きく立ち上って、ほんの数秒で消えた。
 あとに残ったのは黒焦げの……ではなかった。禰宜と巫女の姿をした少年と少女がそこにいた。

「……な……んで?」

 驚いたような表情の少女は美少女というのがぴったりだった。腰まである艶やかな黒髪。ツリ目の大きな瞳。真っ赤な口紅引かれたつん。と、上向きの形の良い唇。左目の下に泣き黒子。
 しかし、その少女には明らかに普通の少女とは違う特徴があった。

「気付くとか……ありえない」

 ありえない。と、言いながらも、少年の方はさして驚いた顔をしている風ではなかった。面差しは少女とよく似ていて、髪は長くはないが艶やかなのは変わりない。ただ、左ではなく、右目の下に泣き黒子がある。
 そして、少女と同じ特徴があった。

「お前ら……狐か」

 白い猫を抱き上げて、鈴は二人を睨みつけた。
 人の耳の代わりに、ふさふさとまさにきつね色の毛並みの大きな耳。腰のあたりからふさふさ。と、大きく膨らんだ同じ色のしっぽが生えている。正体がバレたから、変化した姿を保つことができなくなったのだろう。

「え? ね。どうして? なんで、分かったの?」

 ネイビーのポロシャツを着ていた方の菫に化けていた女狐が問いかけてくる。

「冴夜(さや)。もう、いいだろ。帰るぞ」

 黒のポロシャツを着ていた菫に化けていた方の狐は興味なさそうに背を向けた。そのまま歩き出そうとする。

「待てよ。池井さんをこのままにして帰るつもりか?」

 その肩を鈴は掴んだ。ひやり。と、冷たい感触。確かに。これに熟れていたら、すぐに人ではないことに気付いていたかもしれない。と、どうでもいい感想が浮かんで消える。けれど、とにかく菫を元に戻させなければいけないと、鈴はすぐに思い直した。

「触るな。暑苦しい」

 鈴の手を払いのけて、少年は言った。

「でも、新左(しんざ)。約束だよ。破ると、黒ちゃんに怒られる」

 冴夜と呼ばれた少女の方はぷい。と、そっぽを向いてしまった少年にとりなすように言った。それから、じっと、鈴の顔を見る。

「猫ちゃんは。少しすれば元に戻るよ。それから、これ」

 少年の袂に手を突っ込んで、中から小さな袋を出して、少女は鈴にそれを渡した。

「猫ちゃんのこと、君が気付いたら返すって、約束だから」

 それから、悪気なんて一つもないような笑顔を浮かべる。

「ねえねえ。教えて? どうしてわかったの?」

 実際彼女には悪気なんて多分一つもないのだろう。化けて化かす。狐狸とはそういう性質のモノだ。

「好きな人だから」

 だから、諦めて鈴は答えた。この女狐の方は少なくとも攻撃的ではない。ちゃんと話ができそうだったからだ。

「……イイ! ねえ。新左。すご……イイ! この子……ほん……と……尊……」

 きらきらと目を輝かせて冴夜は新座と呼んだ少年の白衣の袖を引っ張っている。語彙が死んでいるが、喜んでいるのには違いないようだ。

「うるさいな。とにかく、もう、帰るよ」

 その袖を振り払って、少年はくるり。と、背を向けた。こちらはあまり人間に対していい感情を持っているようには見えない。

「あ。待ってよ!」

 その後を追って、少女も駆け出す。いや、駆け出そうとして、立ち止まる。

「あ。言い忘れてた。黒ちゃんから伝言。『早くしないと本当に貰い受ける』だって。じゃあね」

 そう言って、少女も少年を追って駆け出した。
 よくわからない展開に茫然と見送ってから、他にも聞きたいことがあるのだと思い出して追いかける。けれど、二人が曲がった塀の向こうを覗き込んでも、もう、その姿はなかった。
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