真鍮とアイオライト 1

司書Y

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化けて化かす性質のもの

4 黒とネイビー

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「「こいつは俺の偽物だ」」

 そうして、二人は同時に鈴の問いに答えた。お互いの方を指さし合いながら。

「仕事終わって、通用口出ようとして……」
「扉開けたら、外は松林の中で……」
「今度は、広いところじゃなくてさ……」
「古い社のところに、しっぽが……」
「そしたら、こいつが急に出てきて……」
「わけわかんないうちに……大事なものとられて……」

 ハモるみたいに、交互に菫は口を開く。まるでCGのようだ。よくできている。着ている服の色が違うから、見分けはつくけれど、それ以外には違いはない。いや、あったとしても。いくら、明るい満月の下だと言っても。それとわかるほどではなかった。

「こいつが、勝負しようとか言い出すから」

 ネイビーのポロシャツ(後から来た方)の菫が言った。

「は? 勝負とか言い出したのはお前だろ?」

 黒シャツの菫(先に来た方)が言い返す。

「ちげーし。大体、俺の大事なものとったのはお前だろ。返せよ」

 ネイビーの方が言う。なんとなく事情は分かってきた。どうやら、『何か』が菫の姿を装ってそこに立っているらしい。といっても、状況はわかっても事態は好転してはいない。
 苛立ってきたのか、黒の方につかみかかろうとするネイビーを止める。恐らくは暴力でこの状況を打開しようとしても無理だろう。

「……落ち着いてください。で? 勝負って何なんですか?」

 そう問いかけると、二人は同時に鈴の方を見た。また、同じ顔がじっと見つめてくる。
 聞いては見たけれど、なんとなく、勝負の内容の見当はついていた。時限爆弾を仕掛けられたときに赤か青かっていう二択を迫られるとか、転校初日、駅で因縁をつけてきたヤツが教室に言ったら隣の席にいたとか、定番設定にお決まりのベタなアレだろう。

「「こいつが。恋人なら見分けつくだろうって。鈴君がどっちが偽物か見破れたら、大事なもの返してくれるって言うから……」」

 あまりに想像通りな答えに鈴は天を仰いだ。思わずため息が漏れる。
 恐らくこの場合、暴力や実力行使で状況を打開するのは不可能だ。下手をするとペナルティを課せられる可能性がある。いわゆる怪異との契約とはそういうものだ。

「……ごめん。鈴君。また、面倒なこと」

 鈴の盛大なため息に、ネイビーがおずおずと遠慮がちに言った。ぎゅ。と、両手でトートバッグの持ち手を握り締めて上目遣い。当たり前(?)だが、恋人にこんな顔をされて嫌な気になるはずがない。しかも、年上の菫はいつもなら自分から助けてほしいとは言わない。その方が手っ取り早いと思うのだが、本当に困らないと頼ってはくれないのだ。
 そう思ってから、あ。と、思う。
 菫がこんなふうにいかにもな顔で謝ったりするだろうか。

「恥ずかしいから、俺の顔で鈴君に媚び売るな」

 ぐい。と、横からネイビーの腕を掴んで黒が言った。きっ。と、その目がネイビーを睨んでいる。けれど、その目元が少し赤い。じっとその顔を見ていると、はっ。と、鈴の視線に気付いて、黒は視線を逸らす。

「悪いとは……俺だって思ってるよ。でも。今回は別に変な扉開けたとかじゃないし。あれ、とられたんじゃなかったら。自分で何とかしようと思ってたんだけど」

 黒はそう言って、俯いた。
 照れているらしい。今度は頬も赤い。

「自分で。どうにかしようとか。思わないで。頼ってください」

 訳も分からないまま、扉の向こうの何も分からない場所に菫が行ってしまうなんて、考えたくない。それなら、どんな迷惑をかけられて構わないから、頼ってほしい。それは、鈴の本心だった。

「……ありがと」

 黒が答える。ふわり。と、温かな春の陽のような笑顔だった。

「鈴君。もしかして……そいつが。俺だって思ってる?」

 泣きそうな顔でネイビーが鈴へと手を伸ばす。それから、はっとして、手を止める。

「俺のこと。わかんないのは仕方ないけど。……そいつのことは信じちゃだめだ。
 あれは……大事だけど。鈴君のためならなくなったっていい。でも。鈴君のことは、守らせて」

 そう言って、ネイビーがそっと、鈴の手に触れる。温もりが伝わってくる。

「ルール破ったら返さないって言ってたけど……そんなのどうでもいいんだ。
 わかる? 俺ちゃんと。生きているよ?」

 ぎゅ。と、ネイビーの手が鈴の手を握る。確かにそれは温かかった。

「本物は俺だ。信じて」

 真剣な表情だった。嘘をついているようには見えない。

「鈴君。騙されたらダメだ。俺が本物だよ」

 黒が言う。こっちだって、嘘をついているようには見えない。

「にゃあ」

 そのとき、すり。と、さっきの白猫が足もとにすり寄ってきた。見下ろすと、その瞳がじっと鈴を見ていた。綺麗な青紫色の目だった。

「……菫。さん?」

 口から、思わず声が漏れていた。

「「え?」」

 黒とネイビーが同時に声を上げた。
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