186 / 392
化けて化かす性質のもの
3 二人
しおりを挟む
ちりん。
そのとき、驚くほど近くで、驚くほどリアルに鈴の音が聞こえた。
「あ……鈴君?」
鈴の実家のブロック塀の向こうから、現れたのは菫だった。
背中に妙に大きな月を背負っている。黒い半そでのシャツに黒のパンツ。黒いキャップ。よくは見えないけれど黒っぽい靴。肩から掛けているバッグだけが白っぽい色。きらり。と、月を反射したのは腕時計のガラスだろうか。
「池井さん?」
名前を呼ぶと、菫は笑う。逆光になって、表情がよく見えない。けれど、その口がハッキリと弓形になるのを鈴は見た。
「会えてよかった」
菫が言った。いつもの菫の声だ。
けれど、何かが違う。
鈴は思う。
「どう。したんですか?」
この菫は変だ。確かに菫の鈴の音が聞こえたし、見た目も声も仕草も表情も菫そのものだし、もし、それが菫以外の何かだとしたら、それが分からないほど自分は間抜けではないと鈴は思う。だから、目の前のその人が菫以外の誰かなわけがない。
それでも、違和感が拭えない。
「どうした。って?」
驚いたような声で、問い返す菫。しばし、考え込む。
「会いたかった。じゃ、ダメかな?」
もし、菫が自分の意志でそう言ってくれたのだったら、嬉しいと正直に思うだろう。けれど、菫は照れているのか、遠慮しているのか、年上で大人だからなのか、理由は定かではないのだが、あまり愛情表現に積極的ではない。簡単に言ってしまえば奥手。だ。その菫がそんなことを言うなんて、やはりおかしいと、鈴は思う。
「すごく。会いたいと。思ったんだけど……」
呟いて、菫が。その瞳がじっと鈴を見つめた。淡く、あわく青紫に揺れる瞳だ。あまりに綺麗で言葉を失う。その色に吸い込まれるように鈴はその頬に手を伸ばした。
ふと。何かが頭を過る。やはり、何かがおかしい。何かを見落としているような気がした。
「鈴君!!」
しかし、それが、もう少しでつかめそうになったとき、名前を呼ばれた。大いに聞き覚えのある声。鈴の手が止まる。
それはブロック塀を曲がって現れた人物の顔を見てしまったからだった。
「……い……けい……さん?」
思わず鈴はその名前を呼んだ。今、現れるはずがない人。現れたのは菫だった。
もう一人の菫は、現れた途端に鈴を守るように両手を広げて最初に現れた菫と鈴の間に立ちふさがった、
「鈴君に触んな! お前が触るのはルール違反だって言ったんだろ」
市民センターのロゴ入りのネイビーのポロシャツにグレーのウインドブレーカー。黒の細身のパンツ。キャップを被って、足長マンチカンのキャラクターのトートバッグ。青いスニーカー。いつもの菫の出勤スタイルだった。
走ってきたのか息が上がっている。先にいた菫と鈴の間に立って怖い顔でもう一人の菫を睨みつけていた。
「触ってない」
きっぱりと答えて、菫は後から来た菫を睨み返す。
「大体。触ると人じゃないのがバレるから、触ったらルール違反で負けだって、お前が言ったんだろ」
睨み合う二人の菫。状況が読めない。それ以上に、分からないことが鈴にはあった。
「……ちょ。何ですか? これ。池井さん?」
名前を呼ぶと、二人は同時に振り返った。全く同じに見える顔が、その瞳が鈴を見ている。
そのとき、驚くほど近くで、驚くほどリアルに鈴の音が聞こえた。
「あ……鈴君?」
鈴の実家のブロック塀の向こうから、現れたのは菫だった。
背中に妙に大きな月を背負っている。黒い半そでのシャツに黒のパンツ。黒いキャップ。よくは見えないけれど黒っぽい靴。肩から掛けているバッグだけが白っぽい色。きらり。と、月を反射したのは腕時計のガラスだろうか。
「池井さん?」
名前を呼ぶと、菫は笑う。逆光になって、表情がよく見えない。けれど、その口がハッキリと弓形になるのを鈴は見た。
「会えてよかった」
菫が言った。いつもの菫の声だ。
けれど、何かが違う。
鈴は思う。
「どう。したんですか?」
この菫は変だ。確かに菫の鈴の音が聞こえたし、見た目も声も仕草も表情も菫そのものだし、もし、それが菫以外の何かだとしたら、それが分からないほど自分は間抜けではないと鈴は思う。だから、目の前のその人が菫以外の誰かなわけがない。
それでも、違和感が拭えない。
「どうした。って?」
驚いたような声で、問い返す菫。しばし、考え込む。
「会いたかった。じゃ、ダメかな?」
もし、菫が自分の意志でそう言ってくれたのだったら、嬉しいと正直に思うだろう。けれど、菫は照れているのか、遠慮しているのか、年上で大人だからなのか、理由は定かではないのだが、あまり愛情表現に積極的ではない。簡単に言ってしまえば奥手。だ。その菫がそんなことを言うなんて、やはりおかしいと、鈴は思う。
「すごく。会いたいと。思ったんだけど……」
呟いて、菫が。その瞳がじっと鈴を見つめた。淡く、あわく青紫に揺れる瞳だ。あまりに綺麗で言葉を失う。その色に吸い込まれるように鈴はその頬に手を伸ばした。
ふと。何かが頭を過る。やはり、何かがおかしい。何かを見落としているような気がした。
「鈴君!!」
しかし、それが、もう少しでつかめそうになったとき、名前を呼ばれた。大いに聞き覚えのある声。鈴の手が止まる。
それはブロック塀を曲がって現れた人物の顔を見てしまったからだった。
「……い……けい……さん?」
思わず鈴はその名前を呼んだ。今、現れるはずがない人。現れたのは菫だった。
もう一人の菫は、現れた途端に鈴を守るように両手を広げて最初に現れた菫と鈴の間に立ちふさがった、
「鈴君に触んな! お前が触るのはルール違反だって言ったんだろ」
市民センターのロゴ入りのネイビーのポロシャツにグレーのウインドブレーカー。黒の細身のパンツ。キャップを被って、足長マンチカンのキャラクターのトートバッグ。青いスニーカー。いつもの菫の出勤スタイルだった。
走ってきたのか息が上がっている。先にいた菫と鈴の間に立って怖い顔でもう一人の菫を睨みつけていた。
「触ってない」
きっぱりと答えて、菫は後から来た菫を睨み返す。
「大体。触ると人じゃないのがバレるから、触ったらルール違反で負けだって、お前が言ったんだろ」
睨み合う二人の菫。状況が読めない。それ以上に、分からないことが鈴にはあった。
「……ちょ。何ですか? これ。池井さん?」
名前を呼ぶと、二人は同時に振り返った。全く同じに見える顔が、その瞳が鈴を見ている。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる