真鍮とアイオライト 1

司書Y

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市立図書館地下書庫奥、由緒正しき……

6 祭りの夜には

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「鈴の音……」

 と、思った瞬間に目の前にドアが現れた。本当に一瞬でだ。壁も何もない場所にいきなりドアが現れたのだ。まさに青い猫型ロボットのポケットから出てくる例のアレそのものだった。

「は?」

 がちゃり。と、音がしてドアが開く。そして、そこから伸びてきた手。
 逃げようとか、危ないとか、そんなことを考える間もなく、その手に腕を掴まれて、乱暴に引っ張られた。

「え?」

 腕を引かれるままに一歩前へ踏み出すと、足の下の感触が変わった。
 次の瞬間。菫は図書館の中にいた。
 振り返ると、お話会用の大型絵本やパネルシアターがしまわれている倉庫の扉が開いている。もちろん、中は松林ではなく、お話会の備品が所狭しと並んでいた。

「……なんに引っかかってんですか」

 頭の後ろからため息交じりに聞きなれた声が聞こえて、菫は顔を上げた。

「す……ず君?」

 腕を掴んでいるのは鈴だった。何故か息が上がっている。まるで、全力疾走してきた後のようだ。それでも、菫の感想はいつも通り、『顔が良』だったことは、内緒にしておく。

「いつまでも店に来ないと思ったら……」

 そこで、あ。と、思い出す。急いで帰ろうとしていた理由は、鈴との待ち合わせだったからだ。緑風堂で待ち合わせして、市民センター前の大通りでやっている縁日を見に行こうという約束をしていたのだ。
 黒羽祭り。
 この街では有名な稲荷社にまつわる狐の民話を元にした祭りで、黒羽踊りという踊りを踊りながらメインストリートを練り歩くというどこの都市にでもありそうなお祭りだった。

「あ。……ごめん。返本……遅れて」

 の、後にいろいろもろもろあったことは黙っていた。ややこしくなることは目に見えていたからだ。

「……返本? ですか? 稲荷詣ででなくて?」

 けれど、鈴にはすべてお見通しだったようだ。

「祭りの日は。いろいろありますから。気を付けてください。池井さん。そうでなくても、引っかかりやすいし」

 いきなり、ふ。と、鈴が屈んで、菫のズボンの裾についた何かを抓み上げる。

「とくに。あいつは。だめです」

 鈴の指の間に挟まっているのは、松葉だった。

「俺、ここで待ってますから、帰る支度してくださいね?」

 また、立ち上がって、鈴は菫の肩をぽんぽん。と、叩く。何か付いてしまったものを払うような仕草だったけれど、払われた肩から何かが地面に落ちることはなかった。

「うん」

 時計を見ると17時15分。もう少し長く歩いていたような気がするけれど、思い出すのはやめた。

「すぐに来るから待ってて」

 鈴に言ってから、菫は備品庫のドアを閉めようとした。その先、お話会用やテーマ展示用の机の上に絵本が載っているのが見えて、手を止める。それに、菫は見おぼえたあった。黒刃祭り用のテーマ展示に置いてあった絵本だ。くろばのすけという悪戯キツネとその子分の話だっただろうか。
 けれど、菫はそれも、思い出すのをやめた。
 なんだか、少し怖くなったからだ。
 あの鳥居をくぐっていたら。あの社まで行っていたら。あのキツネの声が聞こえていたら。

 首を振る。

「池井さん」

 鈴の声に振り返ると、鈴が見ていた。

「俺の手の届かない、どこかへ行ってしまわないで」

 まるで、迷子のような表情で言われて、胸がぎゅ。と、握られたような気がした。
 外からは、祭りの踊りが始まったのか、囃子の音が聞こえる。

「どこへも。行かないよ」

 そう答えると、鈴は少し寂しそうに笑った。

「ちゃんと、牛串奢ってあげるから、待ってて!」

 おどけたようにそう言うと、鈴も今度は普通に笑ってくれた。だから、菫は地下の扉のことも、備品庫の絵本のことも、あの社のことも今は蓋をしてしまおうと心に決めた。
 そうして、恋人と縁日に繰り出す阿呆なカップル脳へと心を切り替える。

 市民センターの外からは、扉の向こうにあった静謐とは対照的な、お囃子と人々のざわめきが聞こえる。その音を聞きながら、菫は備品庫の扉を静かに閉めた。
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