180 / 392
市立図書館地下書庫奥、由緒正しき……
3 その上地下書庫にて
しおりを挟む
「うん。うん。わかった」
誰に、と、相手を想定してはいない。いや、相手は自分自身だ。とにかく、起こっていることを整理したくて菫は言った。
「とにかく、本はダメ」
そう言って、落ちている本を手に取る。それから、そのすぐ上にある隙間に突っ込む。少し乱暴だったかもしれない。けれど、床に落ちているよりはマシだから許してほしい。
「俺、今日は忙しいんだ。また、今度構ってやるから……」
そう、言った瞬間、ちりん。と、鈴の音がした。いつものやつだ。鈴が持っている俺があげた鈴の音。
だから、『多分』から、『間違い無く』に変わる。間違いなく、なにか人ではないものがそこにいる。
「だからさ……」
バサバサ。と、何も触れていないのに本が落ちた。
「だから……本はヤメロって言ってんだろ」
焦りと苛立ちから、思わず語気が強くなってしまった。一瞬、強く言ってしまったのはまずかったか。と、思う。刺激してしまったかもしれない。そう言えば、あの黒い犬に脚立から落とされたのもこの地下書庫だ。またあんな目に逢ったら堪らない。
そう思ったのだが、リアクションはなかった。しん。と、静まる書庫。床に落ちた本を再び拾って書架に戻す。その沈黙が何だか反省しているように感じられて(まあ、これはあくまで俺の主観なのだが)少し言い過ぎたかな。と思ってしまう。
「なんか……他にも、こう。あるじゃん? 電気消すとかさ」
と、ぼそり。と、ダメ出しをした瞬間、一斉に電気が消えた。
素直というか、馬鹿正直というか、何というか、思わずため息が漏れる。
「でもさ。……俺、今日。ちょっとどうしても遅れたくない約束があるんだよね」
本が落ちようとも、電気が消えようとも、無視して帰ることはできた。怖くて逃げかえりました。で、許される範囲の話だ。だから、それをしなかったのはもう、お人好しと言われても仕方ないと思うし、きっと、あとで鈴には叱られると思う。
「だからさ。早めに済ませてくれる?」
ため息交じりにそう呟くと、ぱ。と、扉の前の電気だけがついた。
「現金だな……」
扉の前に立つ。開けろと言っているのは間違いないだろう。開けていいことがないのも間違いないだろう。悪意はなさそうだけれど、自分の感覚は当てにならないと菫は思う。今までに、あてになったためしがないからだ。
けれど、鈴が本当にヤバイものはそんなにいない。と、言っていたから、きっと、こんなところに本当にヤバイものなんていないだろう。たかが、築12年程度の鉄筋コンクリート。ましてや死者なんて出ているはずもないクリーンな建物だ。しかも、もう2年以上勤めている職場で、この閉架書庫もほぼ毎日何やかやで来ている場所。危険なものがいるとしたら、もっと前に会っているだろう。今まで何もなかったんだから、きっと大丈夫。
そんな言い訳めいたことを考えて、菫は半円型の取っ手を立ち上げた。
ちりん。
と、また、あの鈴の音が鳴る。
一瞬、ドアの形が揺らいだような気がした。思わず、手を引っ込める。目の錯覚だろうか。いや、そもそもが錯覚のようなものなのだ。どんなことが起こってもおかしくない。
意を決して、菫は取っ手を回してドアを引いた。
誰に、と、相手を想定してはいない。いや、相手は自分自身だ。とにかく、起こっていることを整理したくて菫は言った。
「とにかく、本はダメ」
そう言って、落ちている本を手に取る。それから、そのすぐ上にある隙間に突っ込む。少し乱暴だったかもしれない。けれど、床に落ちているよりはマシだから許してほしい。
「俺、今日は忙しいんだ。また、今度構ってやるから……」
そう、言った瞬間、ちりん。と、鈴の音がした。いつものやつだ。鈴が持っている俺があげた鈴の音。
だから、『多分』から、『間違い無く』に変わる。間違いなく、なにか人ではないものがそこにいる。
「だからさ……」
バサバサ。と、何も触れていないのに本が落ちた。
「だから……本はヤメロって言ってんだろ」
焦りと苛立ちから、思わず語気が強くなってしまった。一瞬、強く言ってしまったのはまずかったか。と、思う。刺激してしまったかもしれない。そう言えば、あの黒い犬に脚立から落とされたのもこの地下書庫だ。またあんな目に逢ったら堪らない。
そう思ったのだが、リアクションはなかった。しん。と、静まる書庫。床に落ちた本を再び拾って書架に戻す。その沈黙が何だか反省しているように感じられて(まあ、これはあくまで俺の主観なのだが)少し言い過ぎたかな。と思ってしまう。
「なんか……他にも、こう。あるじゃん? 電気消すとかさ」
と、ぼそり。と、ダメ出しをした瞬間、一斉に電気が消えた。
素直というか、馬鹿正直というか、何というか、思わずため息が漏れる。
「でもさ。……俺、今日。ちょっとどうしても遅れたくない約束があるんだよね」
本が落ちようとも、電気が消えようとも、無視して帰ることはできた。怖くて逃げかえりました。で、許される範囲の話だ。だから、それをしなかったのはもう、お人好しと言われても仕方ないと思うし、きっと、あとで鈴には叱られると思う。
「だからさ。早めに済ませてくれる?」
ため息交じりにそう呟くと、ぱ。と、扉の前の電気だけがついた。
「現金だな……」
扉の前に立つ。開けろと言っているのは間違いないだろう。開けていいことがないのも間違いないだろう。悪意はなさそうだけれど、自分の感覚は当てにならないと菫は思う。今までに、あてになったためしがないからだ。
けれど、鈴が本当にヤバイものはそんなにいない。と、言っていたから、きっと、こんなところに本当にヤバイものなんていないだろう。たかが、築12年程度の鉄筋コンクリート。ましてや死者なんて出ているはずもないクリーンな建物だ。しかも、もう2年以上勤めている職場で、この閉架書庫もほぼ毎日何やかやで来ている場所。危険なものがいるとしたら、もっと前に会っているだろう。今まで何もなかったんだから、きっと大丈夫。
そんな言い訳めいたことを考えて、菫は半円型の取っ手を立ち上げた。
ちりん。
と、また、あの鈴の音が鳴る。
一瞬、ドアの形が揺らいだような気がした。思わず、手を引っ込める。目の錯覚だろうか。いや、そもそもが錯覚のようなものなのだ。どんなことが起こってもおかしくない。
意を決して、菫は取っ手を回してドアを引いた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる