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シリアスまではほど遠い
夕暮れの公園にて 3
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「どうして、こんなところで泣いてるの?」
きい。と、音をさせて少女の座るブランコの隣に座る。
「泣いてないもん」
ごしごし。と、両手で顔をこすって、少女が答えた。そんなに擦ったら跡が残ると心配になる。
ポケットを探ると、ハンカチがあったから、差し出した。
「顔のところ泥ついてる」
嘘だったけれど、泣いていないという少女の言葉を否定したくなかった。
「……ありがとう」
こちらをじっとみてから、少女は素直にそれを受け取った。
「……おにいちゃんさあ。お母さんにすげー怒られたんだ。だから、ちょっとだけ、ここにいてもいい?」
こんな時間だけれど、一生懸命小さな手で涙を拭う少女に帰れとは言えない。自分自身も帰れとは言われたくない。だから、そんなふうに言った。
「いいよ」
少女が答える。
やはり、鈴の音のような綺麗な音色だった。
沈黙。
警戒しているのか、黙ったまま、少女はきいきいと音を鳴らして、ブランコをこぐ。けれど、どこかへ行ってしまおうとはしない。
きっと、この子も自分と同じなのだと思う。
ここを出ても、どこへも行けない。
だから、ここにいる。そういうことなのだ。
きゅるる。
そんな音が不意に聞こえた。
隣の少女の方からだ。
視線を移すと、少女はお腹を押さえていた。公園の時計はもう、7時近くをさしている。
もう一度ポケットを探ると、指先に何かが当たった。取り出してみると、それはお守りだった。たしか、誰かが持っていなさいと渡してくれたものだ。
一体それが誰だったのか思い出せない。
きゅるる。
考えに沈んでいきそうになった意識は、またなった音に引き戻された。反対のポケットを探ると、入れた覚えはなかったけれど、ミルキーが一つだけ入っていた。
「あげる」
少女の方に差し出す。
綺麗で大きな目が見ていた。
しばし、躊躇い。
「いらない。知らない人にものもらったらだめって、おかあさんがいってた」
聡い少女は精一杯の強がりで言った。それでも、ほしい。という気持ちが表情に溢れてしまっている。
「知らなくないじゃん。名前知ってるだろ? ええっとね。それだけじゃだめなら、家はね。5番町のお寺の近くでね。お父さんと、お母さんと、にいちゃんと4人で住んでるよ」
これだけ知ってたら、知らない人じゃないよ。と、言って、その手にミルキーを握らせた。
そうしたら、少女は頷いて、すごくすごく嬉しそうに笑った。始めて見る笑顔は、本当に天使みたいだった。
「……あのね」
飴玉を口に入れて、ころころと転がしながら、少女がぽつり。と、言った。
「おにいちゃんは、おばけっているとおもう?」
視線を地面に落としたまま、続ける。
「おばけ?」
「うん」
少女はこくり。と、頷く。
「……きこえるんだ。いろんなひとのこえ。たすけて。って、いうの」
青い。
光が見えた気がした。
ほんのわずかにだ。儚くて今にも消えてしまいそうな青い光。
「みんな、みんな。なんにもできないのに。たすけて。たすけて。って、いうの」
そう言って、少女は顔を上げた。その瞳が青く光っているように見えた。気がした。
「でも、おばあちゃんは、それがあたりまえだっていう。……こわい。たすけられないよ」
光っていると思ったのは、街灯のLEDの光を反射した涙だ。その子の瞳ではない。いつの間にか太陽の残り灯は消えて、空は夜になっていた。
きい。と、音をさせて少女の座るブランコの隣に座る。
「泣いてないもん」
ごしごし。と、両手で顔をこすって、少女が答えた。そんなに擦ったら跡が残ると心配になる。
ポケットを探ると、ハンカチがあったから、差し出した。
「顔のところ泥ついてる」
嘘だったけれど、泣いていないという少女の言葉を否定したくなかった。
「……ありがとう」
こちらをじっとみてから、少女は素直にそれを受け取った。
「……おにいちゃんさあ。お母さんにすげー怒られたんだ。だから、ちょっとだけ、ここにいてもいい?」
こんな時間だけれど、一生懸命小さな手で涙を拭う少女に帰れとは言えない。自分自身も帰れとは言われたくない。だから、そんなふうに言った。
「いいよ」
少女が答える。
やはり、鈴の音のような綺麗な音色だった。
沈黙。
警戒しているのか、黙ったまま、少女はきいきいと音を鳴らして、ブランコをこぐ。けれど、どこかへ行ってしまおうとはしない。
きっと、この子も自分と同じなのだと思う。
ここを出ても、どこへも行けない。
だから、ここにいる。そういうことなのだ。
きゅるる。
そんな音が不意に聞こえた。
隣の少女の方からだ。
視線を移すと、少女はお腹を押さえていた。公園の時計はもう、7時近くをさしている。
もう一度ポケットを探ると、指先に何かが当たった。取り出してみると、それはお守りだった。たしか、誰かが持っていなさいと渡してくれたものだ。
一体それが誰だったのか思い出せない。
きゅるる。
考えに沈んでいきそうになった意識は、またなった音に引き戻された。反対のポケットを探ると、入れた覚えはなかったけれど、ミルキーが一つだけ入っていた。
「あげる」
少女の方に差し出す。
綺麗で大きな目が見ていた。
しばし、躊躇い。
「いらない。知らない人にものもらったらだめって、おかあさんがいってた」
聡い少女は精一杯の強がりで言った。それでも、ほしい。という気持ちが表情に溢れてしまっている。
「知らなくないじゃん。名前知ってるだろ? ええっとね。それだけじゃだめなら、家はね。5番町のお寺の近くでね。お父さんと、お母さんと、にいちゃんと4人で住んでるよ」
これだけ知ってたら、知らない人じゃないよ。と、言って、その手にミルキーを握らせた。
そうしたら、少女は頷いて、すごくすごく嬉しそうに笑った。始めて見る笑顔は、本当に天使みたいだった。
「……あのね」
飴玉を口に入れて、ころころと転がしながら、少女がぽつり。と、言った。
「おにいちゃんは、おばけっているとおもう?」
視線を地面に落としたまま、続ける。
「おばけ?」
「うん」
少女はこくり。と、頷く。
「……きこえるんだ。いろんなひとのこえ。たすけて。って、いうの」
青い。
光が見えた気がした。
ほんのわずかにだ。儚くて今にも消えてしまいそうな青い光。
「みんな、みんな。なんにもできないのに。たすけて。たすけて。って、いうの」
そう言って、少女は顔を上げた。その瞳が青く光っているように見えた。気がした。
「でも、おばあちゃんは、それがあたりまえだっていう。……こわい。たすけられないよ」
光っていると思ったのは、街灯のLEDの光を反射した涙だ。その子の瞳ではない。いつの間にか太陽の残り灯は消えて、空は夜になっていた。
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