真鍮とアイオライト 1

司書Y

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シリアスまではほど遠い

夕暮れの公園にて 3

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「どうして、こんなところで泣いてるの?」

 きい。と、音をさせて少女の座るブランコの隣に座る。

「泣いてないもん」

 ごしごし。と、両手で顔をこすって、少女が答えた。そんなに擦ったら跡が残ると心配になる。
 ポケットを探ると、ハンカチがあったから、差し出した。

「顔のところ泥ついてる」

 嘘だったけれど、泣いていないという少女の言葉を否定したくなかった。

「……ありがとう」

 こちらをじっとみてから、少女は素直にそれを受け取った。

「……おにいちゃんさあ。お母さんにすげー怒られたんだ。だから、ちょっとだけ、ここにいてもいい?」

 こんな時間だけれど、一生懸命小さな手で涙を拭う少女に帰れとは言えない。自分自身も帰れとは言われたくない。だから、そんなふうに言った。

「いいよ」

 少女が答える。
 やはり、鈴の音のような綺麗な音色だった。

 沈黙。
 警戒しているのか、黙ったまま、少女はきいきいと音を鳴らして、ブランコをこぐ。けれど、どこかへ行ってしまおうとはしない。
 きっと、この子も自分と同じなのだと思う。
 ここを出ても、どこへも行けない。
 だから、ここにいる。そういうことなのだ。

 きゅるる。

 そんな音が不意に聞こえた。
 隣の少女の方からだ。
 視線を移すと、少女はお腹を押さえていた。公園の時計はもう、7時近くをさしている。
 もう一度ポケットを探ると、指先に何かが当たった。取り出してみると、それはお守りだった。たしか、誰かが持っていなさいと渡してくれたものだ。
 一体それが誰だったのか思い出せない。

 きゅるる。

 考えに沈んでいきそうになった意識は、またなった音に引き戻された。反対のポケットを探ると、入れた覚えはなかったけれど、ミルキーが一つだけ入っていた。

「あげる」

 少女の方に差し出す。
 綺麗で大きな目が見ていた。
 しばし、躊躇い。

「いらない。知らない人にものもらったらだめって、おかあさんがいってた」

 聡い少女は精一杯の強がりで言った。それでも、ほしい。という気持ちが表情に溢れてしまっている。

「知らなくないじゃん。名前知ってるだろ? ええっとね。それだけじゃだめなら、家はね。5番町のお寺の近くでね。お父さんと、お母さんと、にいちゃんと4人で住んでるよ」

 これだけ知ってたら、知らない人じゃないよ。と、言って、その手にミルキーを握らせた。
 そうしたら、少女は頷いて、すごくすごく嬉しそうに笑った。始めて見る笑顔は、本当に天使みたいだった。

「……あのね」

 飴玉を口に入れて、ころころと転がしながら、少女がぽつり。と、言った。

「おにいちゃんは、おばけっているとおもう?」

 視線を地面に落としたまま、続ける。

「おばけ?」

「うん」

 少女はこくり。と、頷く。

「……きこえるんだ。いろんなひとのこえ。たすけて。って、いうの」

 青い。
 光が見えた気がした。
 ほんのわずかにだ。儚くて今にも消えてしまいそうな青い光。

「みんな、みんな。なんにもできないのに。たすけて。たすけて。って、いうの」

 そう言って、少女は顔を上げた。その瞳が青く光っているように見えた。気がした。

「でも、おばあちゃんは、それがあたりまえだっていう。……こわい。たすけられないよ」

 光っていると思ったのは、街灯のLEDの光を反射した涙だ。その子の瞳ではない。いつの間にか太陽の残り灯は消えて、空は夜になっていた。
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