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かの思想家が語るには
怪物と戦うもの 1
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緑風堂のカウンターの中でドアベルを聞きながら、葉は閉まっていく扉を見つめていた。もう、閉店したから、店内には葉と貴志狼しかいない。だから、遠慮せずに大きなため息を吐く。
鈴の気持ちが伝わったことは、本当によかったと思っている。池井菫は笑顔だけで人の心を温かくするような優しく善良な青年だ。きっと、鈴のことも大切にしてくれるだろう。
菫の家族がどう思うかは分からないけれど、鈴の家族はあまり同性愛とか、そういうことに頓着がない。葉の母と、鈴の母は本当に驚くほど性格が似ていて、二人とも『あんたたちの人生なんだから勝手にしな』というスタンスだ。
だから、ため息をついたのはそんなことが理由なわけではない。
心配事はほかにある。
けれど、葉はそれを誰にも。鈴にすら言えなかった。
「どうした?」
ため息に気付いて、貴志狼が近くまで来て、頬に触れる。
最近は、殆ど毎日こうして会いに来てくれる恋人が少し心強い。
「ん。鈴が重くて池井君にドン引きされないか心配なだけ」
それでも、貴志狼にですら、それは、話せない。
菫は自分を評して『平凡』という。確かに、見た目は普通そのものだ。悪い意味ではない。突出していいところもないかもしれないけれど、悪いところもない。あの悪意の欠片もない善意の塊みたいな笑顔と、優しい性格をプラスすれば、どちらかというとモテる方じゃないかと思う。でも、それは、一目でそれとわかる鈴とは違って、付き合っていくうちにわかる彼の特質だ。
ただ、別の見方をすると彼は、かなり非凡だ。
時折、その瞳の色が名前の通りの菫色に見える。鮮やかな青紫。きっと、それは、菫が無意識に『あちら側』のものを見ているときだ。
けれど、それは『あちら側』からも、菫が見えるということだ。
その光は、深淵の暗闇の中からどう見えているんだろう。
考えて、葉は背筋に冷たいものが走った。
光の中にいる自分にすら、多分、鈴にはなおさら、それは綺麗な宝石のように見える。それが、光ささない世界のものに魅力的に見えないはずがない。
今回、菫を助けたという狐はおそらく、それに惹かれた。
少女の犬も標的の菫だけでなく、鈴を危険に晒してまでも、菫を『食おう』としていたのは、菫の存在が犬に我を忘れさせたのではないかと、思えてならない。鈴を傷つけてしまえば、菫を排除する意味なんてなくなってしまうはずだから。
どうして、今まで何事もなく過ごせていたのかが、不思議なくらいに。
また、もれてしまったため息に、貴志狼がそっと肩を抱いてくれた。さっき言ったことが、本当ではないと、貴志狼には分かっているだろう。それでも、貴志狼は何も言わなかった。言わないでいてくれた。
「シロ……あのさ」
鈴の気持ちが伝わったことは、本当によかったと思っている。池井菫は笑顔だけで人の心を温かくするような優しく善良な青年だ。きっと、鈴のことも大切にしてくれるだろう。
菫の家族がどう思うかは分からないけれど、鈴の家族はあまり同性愛とか、そういうことに頓着がない。葉の母と、鈴の母は本当に驚くほど性格が似ていて、二人とも『あんたたちの人生なんだから勝手にしな』というスタンスだ。
だから、ため息をついたのはそんなことが理由なわけではない。
心配事はほかにある。
けれど、葉はそれを誰にも。鈴にすら言えなかった。
「どうした?」
ため息に気付いて、貴志狼が近くまで来て、頬に触れる。
最近は、殆ど毎日こうして会いに来てくれる恋人が少し心強い。
「ん。鈴が重くて池井君にドン引きされないか心配なだけ」
それでも、貴志狼にですら、それは、話せない。
菫は自分を評して『平凡』という。確かに、見た目は普通そのものだ。悪い意味ではない。突出していいところもないかもしれないけれど、悪いところもない。あの悪意の欠片もない善意の塊みたいな笑顔と、優しい性格をプラスすれば、どちらかというとモテる方じゃないかと思う。でも、それは、一目でそれとわかる鈴とは違って、付き合っていくうちにわかる彼の特質だ。
ただ、別の見方をすると彼は、かなり非凡だ。
時折、その瞳の色が名前の通りの菫色に見える。鮮やかな青紫。きっと、それは、菫が無意識に『あちら側』のものを見ているときだ。
けれど、それは『あちら側』からも、菫が見えるということだ。
その光は、深淵の暗闇の中からどう見えているんだろう。
考えて、葉は背筋に冷たいものが走った。
光の中にいる自分にすら、多分、鈴にはなおさら、それは綺麗な宝石のように見える。それが、光ささない世界のものに魅力的に見えないはずがない。
今回、菫を助けたという狐はおそらく、それに惹かれた。
少女の犬も標的の菫だけでなく、鈴を危険に晒してまでも、菫を『食おう』としていたのは、菫の存在が犬に我を忘れさせたのではないかと、思えてならない。鈴を傷つけてしまえば、菫を排除する意味なんてなくなってしまうはずだから。
どうして、今まで何事もなく過ごせていたのかが、不思議なくらいに。
また、もれてしまったため息に、貴志狼がそっと肩を抱いてくれた。さっき言ったことが、本当ではないと、貴志狼には分かっているだろう。それでも、貴志狼は何も言わなかった。言わないでいてくれた。
「シロ……あのさ」
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