真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
156 / 392
かの思想家が語るには

今夜は最高の夜だ 1

しおりを挟む
「池井さんがこんな目に逢ったのは俺のせいなんです」

 顔を曇らせて、鈴が言う。どういう意味なんだろうか。あの黒い犬のこと鈴は何か知っているんだろうか。

「前に。緑風堂から池井さんと帰ろうとした時、出待ちしていた創元館の制服着た子のこと、覚えてます?」

 創元館というのは、近くにある高校の名前だ。その女子高生のことは覚えている。というか、忘れられるわけがない。鈴が、好きだと言っていたその子のことだ。

「池井さんももう、気付いているかもしれないですけど、彼女が、池井さんにあの犬を送った、呪いの主です」

 鈴の言葉に一瞬固まる。
 呪い。なんていうキーワードが出てきたからだ。
 あの子の顔を持っていた時点で何の関係もないとは思っていない。嫉妬から生まれた生霊とか? なんて、バカな考えが頭を過ったりしたが、呪いなんて不穏当な言葉が出てくるなんて思っていなかった。

「え?」

 だから、バカみたいな答えを返す。
 けれど、なんとなく理解もしていた。あれが、そういう類の本当にダメなものだってこと。呪いだなんて、普通に聞いたら笑ってすますことろだけれど、今は鈴の言葉を笑えない。あれは俺が今まで見てきた、ほかの人には見えないものとは確かに全く違っていたから。

「緑風堂で出待ちされたり、大学の前でうろうろしたり、ストーカーみたいなことしてたから。本人にははっきりと気持ちには答えられないって伝えてあったんですけど。
 とにかく、様子がおかしかったんで、気にしてたんですけど。この間、やっぱり、店の前で待っていたときがあって。
 気づきました? 犬臭かったでしょ? ああいう呪いなんです。
 だから、気になって話してみたら、彼女の中では俺があの子の彼氏だってことになっていて、池井さんが邪魔をしているって思っているみたいで。邪魔者を排除する呪いを使ったって言ってて……。
 あ……。こういうの。信じられないですよね。俺も、ばかみたいなこと言ってる自覚はあるんですけど、本当のことだから」

 ばかみたいに呆けたままの俺に気づいた鈴は、少し困ったような顔をした。俺が信じないと思ってるんだろう。
 普通に考えたら、信じない。
 でも、アレを目の前で見て、命の危険に晒されて、信じないわけにはいかなかった。

「わかってる。疑ってなんていない」

 なにより、鈴が嘘をつくなんて、俺は思っていなかった。

「信じてくれて、ありがとうございます。
 それから、すみません。池井さんが危ない目に合わせてしまって」

 そう言って、鈴は深く頭を下げる。
 疑っていないとは言ったが、鈴が言ったことに混乱はしていた。

 彼女は鈴を店の前で待っていた子だ。それは間違いない。そのことは言われるまでもなく俺も思い出していた。でも、あの子が、鈴のストーカーだったなんて、想像してなかった。
 でも。
 と、俺は思う。俺にとっては他人事の話じゃなかったかもしれない。俺だって、一歩間違えばそうなった可能性だってあった。鈴はそれほど魅力的だ。
 けれど。と、俺は思う。彼女も可愛らしい少女だった。確かに鈴は頻繁に図書館に会いに来てくれたり、優しくしてくれたりしたけれど、彼女が俺みたいな普通のおっさんを本気でライバルだと思うものだろうか。俺の方はもちろん、比べるまでもなく、彼女の方が鈴には似合っていると思っていた。

「……じゃ。この間緑風堂の前で話してたのは……好きだって」

 考え込んでいたから、思わず、ぽろ。と、言ってしまった言葉に、俺ははっとして、口を押える。俺が聞いていたことなんて鈴は知らない。盗み聞きしていたなんて趣味が悪いこと、知られたくなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

処理中です...