真鍮とアイオライト 1

司書Y

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かの思想家が語るには

いなり餅 2

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 ヤバい。ヤバいって。

 あの獣を一瞬で消してしまったような、トンデモ野郎に鈴が何かされたらヤバい。それ以上に、そんな相手だと分かっているのに、挑発にのる鈴が、無策なんて思えなくて、怖い。

 キャパオーバーで混乱しきった頭で何とかしようと考える。そこで、俺は不意にあることを思い出して、ポケットを探ってから、二人の間に割って入った。

「黒刃」

 突然飛び出してきた俺に、黒刃が驚いた表情になる。それから、何やら含みのある笑いを浮かべた。

「なんだ? 自分から相手してくれるのか?」

 黒刃の言葉は無視して、俺はその手を引っ張って、その上にポケットの中から取り出したものを乗せた。

「ん? なんだ? これは??」

 掌に置いたのは小さなPPC製の袋だった。ようはお菓子のパッケージだ。

「いなり餅」

 と、俺が言うと、黒刃の頭に尖ったものが、背後にふさふさ。とした何かが、一瞬だけぴょこ。っと、飛び出してすぐに消えた。

「な……なんのつもりだ?」

 冷静を装っているが、目はじっとそれを見つめている。ごくり。と、唾を飲み込んだのも、俺は見逃していなかった。

「お礼。これやるから帰れ」

 いなり餅。というのは、文字通り味付けしたいなり揚げの中に餅を入れたお菓子と軽食の中間のようなものだ。あられやおかきで有名な某〇ち吉にて、同僚の司書さんが買ってきたものを『池井君痩せ過ぎ。もっと食べないとダメ!』という、ありがたいお言葉と共にお裾分けしてもらったものだ。甘いものは大好きだけれど、今日の俺の精神状態では食べる気がせずに家に持ち帰ろうと思っていたのを思い出したのだ。

「餅をいなりの中に入れてレンジでちん。すれば食べられるから」

 黒刃の手にそれを握らせて、その上からぎゅ。と、失くすなよ。とばかりに、俺の手で握る。正直、こんなもので、ことが治まるかどうかは分からないけれど、前回の例もあるから、とりあえず二人を引き離す。という意味でも、試せることは試そうと思った。
 というか、俺自身も相当混乱していたから、こんなことくらいしか思いつかなかったんだ。

「……う……うむ。まあ、いいだろう。どうせあんな雑魚を始末したくらいで礼を言われるまでもない。
 まあ、お前のことは気に入ってるからな」

 黒刃の手に重ねていた俺の手を上から、ぎゅ。と、握って、言い訳のように黒刃が言った。
 いいのかよ! と、ツッコミが、出かかったが、すんでのところて飲み込む。

「困ったことがあったら、助けてやるから、遠慮なく呼べ」

 すりすり。俺の手を撫でて、黒刃が言う。冷たい手だった。けれど、不快な感じはしない。そこは、あの獣とは違う。まあ、あくまで、感触の問題では。だ。心情的には男に手を撫でまわされていい気がするわけもなく。けれど、振り払おうと手を振っても黒刃は放してくれなかった。

「触るなと言っただろう」

 無理矢理にその手を俺の手から引き離して、また、鈴は俺を背に隠した。

「はいはい。わかったわかった」

 手に持ったいなり餅のパッケージを見て、にやり。と、笑って、黒刃は俺たちに背を向けた。

「それじゃあな。次は田内屋の油揚げで手を打ってやろうから、覚えておくように」

 ひらひらと、手を振って黒刃が近所の老舗手作り豆腐店の名前を挙げると、いきなり、ぼ。と、音がして炎が沸き立つ。それの熱さを、手を翳して遮っている間に、黒刃の姿は消えていた。
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