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かの思想家が語るには
助けて 1
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自己犠牲なんて綺麗な感情じゃない。俺は思う。自分が犠牲になって鈴を守れればいいとか、そんなふうに思ったわけじゃない。ただ、鈴が自分のために傷つくのは見たくなかっただけだ。俺はただ、自分のためだけに鈴を守りたかった。
「一人で逃げられる」
口ではそう言ったものの、もちろん、一人で逃げおおせる自信なんてない。おそらくは、無理だろう。捕まったらどうなるかなんて、目に見えている。でも、あいつはおそらく俺だけを狙っている。きっと、俺が鈴から離れれば、俺の方についてくるはずだ。それなら鈴を巻き込まずに済む。
立ち上がると、身体のあらゆるところが悲鳴を上げた。けれど、のんびりしてはいられない。
だって、さっきからずっと見えていたんだ。
憎しみに満ちた目が、俺を見ているのが。
獣は倒れたバイクの向こう側にいた。
突然バイクの前に飛び出したから、倒れてアスファルトの上を滑って道の脇の木にぶつかったバイクに巻き込まれたんだろう。黒くてぬらぬらと、湿った毛に覆われたわき腹からは、ハンドルが生えていた。衝撃で刺さったのかもしれない。おそらくはそのせいですぐには動けなくて、俺たちは襲われずに済んでいるのだろう。
獣は身体に食い込んだバイクのハンドルを抜こうと四苦八苦しているが、うまくいかないようでもがいていた。けれど、あんなふうに身体を貫かれているのにも関わらず、確実に生きて(?)いる。黒い液体が滴って地面を汚しているが、血には見えないし、ダメージを受けているようにも見えない。きっと、動けるようになるのも時間の問題だ。
ここを離れるなら今しかない。
「鈴君はここにいて。救急車。呼んであげられなくて、ごめん」
辺りを見回すと、そこは鈴といつも待合せたり、別れを告げるときのコンビニの近くだった。もう少し歩けば、松の木林の中に赤い鳥居のあるあの場所だ。
人の姿は見えない。
ただ、これは、いつものことだ。この辺りは日が暮れると人通りはほとんどなくなるし、車通りはお世辞にも多いとは言えない。
しん。と、静まり返った木々の隙間、月が見える。今日も、綺麗だ。
「鈴。月。綺麗だね」
鈴の顔を見つめる。相変わらず、整った顔だ。
何か言いたげだったけれど、うまく言葉にならないのか、複雑な表情をして、俺を見ている。
笑顔ならよかった。けれど、そんな贅沢は言えない。そんな表情でも、最後かもしれないなら、ちゃんと、焼き付けておきたかった。
だから、じっとその顔を見て、あの日、鈴が送ってきたメッセージと同じ言葉を返した。この場には似つかわしくない間の抜けた一言だったけれど、最後かもしれないなら、どんな形でもいいから、伝えておきたかった。
「ありがと」
精一杯の笑顔を浮かべる。俺にしては上手く笑えた。
「一人で逃げられる」
口ではそう言ったものの、もちろん、一人で逃げおおせる自信なんてない。おそらくは、無理だろう。捕まったらどうなるかなんて、目に見えている。でも、あいつはおそらく俺だけを狙っている。きっと、俺が鈴から離れれば、俺の方についてくるはずだ。それなら鈴を巻き込まずに済む。
立ち上がると、身体のあらゆるところが悲鳴を上げた。けれど、のんびりしてはいられない。
だって、さっきからずっと見えていたんだ。
憎しみに満ちた目が、俺を見ているのが。
獣は倒れたバイクの向こう側にいた。
突然バイクの前に飛び出したから、倒れてアスファルトの上を滑って道の脇の木にぶつかったバイクに巻き込まれたんだろう。黒くてぬらぬらと、湿った毛に覆われたわき腹からは、ハンドルが生えていた。衝撃で刺さったのかもしれない。おそらくはそのせいですぐには動けなくて、俺たちは襲われずに済んでいるのだろう。
獣は身体に食い込んだバイクのハンドルを抜こうと四苦八苦しているが、うまくいかないようでもがいていた。けれど、あんなふうに身体を貫かれているのにも関わらず、確実に生きて(?)いる。黒い液体が滴って地面を汚しているが、血には見えないし、ダメージを受けているようにも見えない。きっと、動けるようになるのも時間の問題だ。
ここを離れるなら今しかない。
「鈴君はここにいて。救急車。呼んであげられなくて、ごめん」
辺りを見回すと、そこは鈴といつも待合せたり、別れを告げるときのコンビニの近くだった。もう少し歩けば、松の木林の中に赤い鳥居のあるあの場所だ。
人の姿は見えない。
ただ、これは、いつものことだ。この辺りは日が暮れると人通りはほとんどなくなるし、車通りはお世辞にも多いとは言えない。
しん。と、静まり返った木々の隙間、月が見える。今日も、綺麗だ。
「鈴。月。綺麗だね」
鈴の顔を見つめる。相変わらず、整った顔だ。
何か言いたげだったけれど、うまく言葉にならないのか、複雑な表情をして、俺を見ている。
笑顔ならよかった。けれど、そんな贅沢は言えない。そんな表情でも、最後かもしれないなら、ちゃんと、焼き付けておきたかった。
だから、じっとその顔を見て、あの日、鈴が送ってきたメッセージと同じ言葉を返した。この場には似つかわしくない間の抜けた一言だったけれど、最後かもしれないなら、どんな形でもいいから、伝えておきたかった。
「ありがと」
精一杯の笑顔を浮かべる。俺にしては上手く笑えた。
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