真鍮とアイオライト 1

司書Y

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かの思想家が語るには

聞こえない着信音 1

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 確認してみると、鈴からのLINEは7件も未読のままになっていた。にも関わらず、それを開こうとすると、また、新たに一件のメッセージが送られてきた。

 車と接触したってほんとあですか

 小柏さんに聞いて慌ててLINEしたのが、分かる。誤字してるし、?マークもつけていない。

 既読だけでも、つけてください

 合間をおかずにもう一件。
 心配してくれるのが嬉しくて、後先考えず、既読をつけてしまった。体調が悪いと思ってもらっていたら、返信に猶予ができたのにと、後になって後悔する。
 けれど、仕事に来ている時点でアウトなんだと、すぐに気付いたから、大きくため息をついて、指を動かす。

 大丈夫。
 かすっただけ。

 そう打ってから、送信する前に書き直す。

 大丈夫。
 轢かれそうになって、ビビってコケただけ。

 鈴の心を少しでも煩わせたくない。心配されるのが、今は辛い。でも、放置して嫌われるのは嫌だ。そのせめぎ合いで、結果的には嘘になってしまった。

 後ろめたい。
 送信してから、すぐに後悔する。けれど、
送ってしまってからは、後の祭りだ。そもそも、鈴はきっと、まだLINEの画面を閉じてもいなかったんだろう。すぐに既読がついてしまう。
 きっと、これでまた顔を合わせづらくなってしまう。せめて、大げさに巻かれた包帯が目立たなくなるまでは、会えない。
 ということは、映画も無理だろう。

 しゅぽ。

 と、LINEの着信音。
 相手はやっぱり鈴だった。

 よかった。
 怪我したって聞いて心配してました。

 きっと、小柏さんのことだから、大げさに伝えたんだろう。

 すりむいたくらい。
 見てた人がぶつかったと思って大げさにしただけ。

 これは半分本当。言い訳がましいけど、これでいいんだと自分に言い聞かせた。

 しゅぽ。
 暗い気持ちで画面を見つめていると、また、着信音がなる。

 謝らないといけないことあるんですが。

 未読のままのメッセージの中に同じ文言があった。たしか、タイムスタンプは一昨日の晩、遅い時間だった。戌井と飲んでいた時間だ。その続きは俺の返信がなかったせいなのか、送られてきてはいない。
 当たり前だけれど、いい話でないことは分かる。正直知りたくない。
 そんな俺の思いとは裏腹に、既読が付いたからなのか、鈴からの続きが届く。

 映画の約束、行けなくなってしまいました。
 すみません。
 すごく、楽しみにしてたんですけど、急用で。
 ゼミの教授の手伝いすることになって。
 本当にすみません。

 鈴にしては長文。言い訳かな。
 あの女の子と出かけたりするのかな?

 そう思う。思ってから、だからって俺には鈴を責める権利なんてないと、再確認する。彼女が優先なんて、当たり前だ。

 残念。
 じゃ、借りは一つ返してもらったかな(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

 慣れない顔文字まで使って、でも、送信を押したら涙が溢れそうになった。こんなふうに約束、彼女を優先したりして、なかなか会えなくなったりするんだろうなと思う。それが寂しいと思うのは止められないけれど、反対に考えれば、よかったのかもしれない。
 鈴の友情を好意と勘違いして調子に乗ったりしていたら、きっと、友達としてそばにいることすらできなかった。距離感を間違える前に彼女の存在に気付けたから、少なくとも友達ではいられる。こんなふうにLINEのやり取りをしたり、時々遊びに行ったり、心配してもらったり、彼女の邪魔さえしなければ許されるはずだ。

 問題は俺の気持ちだけ。
 彼女を紹介されたりしたら、多分、無理。
 笑える自信が一ミリもない。

 また、似たような結論に達してしまって、俺は大きなため息をついた。それから、LINEの画面をそのままにスマホのディスプレイをオフにする。ぶぶ。と、一瞬スマホが小さくな震える。なんだか、見たことのない少し変わった動きのような気がしたけれど、俺はそれをそのままポケットにしまった。今はもう、鈴からのLINEも、他のどんな通知も見たくない。
 そうして、俺は小柏さんの忠告も聞かずに、その後も通常の業務を終わらせた。
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