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かの思想家が語るには
貸しだよ 1
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結局、大丈夫だ。と、固辞したものの受け入れてもらえず、救急車で搬送されたが、俺の身体には大きな怪我はなかった。ミラーにぶつけた腕と、飛ばされて地面に打ち付けたわき腹に打ち身や擦り傷があったけれど、骨や内臓には何の問題もなく、念のためにした脳の検査が終わったら、医者には帰っても構わないと言われた。
ただ、警察はそう甘くはなかった。
無人の自動車が突っ込んできましたとか、不審に思われないほうががおかしいとは思う。突っ込んできた軽トラックは近くの畑の脇に路駐されていたもので、エンジンはおろか鍵すらついてはいなかった。もちろん、坂だから動くことはあり得る。けれど、助けてくれたおじいさんが言っていた通り、サイドブレーキはかかったままだった。当然、軽トラの持ち主は近くにはいない。トラックを置いたまま近所のお宅にお茶を飲みに行ってしまっていたらしい。
まずは突っ込まれたこと自体を疑われて、次にトラックが突っ込んできたのを疑われて。最終的には、突っ込まれるような恨みを買っているんじゃないかと疑われた。その上、前日に脚立から落ちたときの青痣と何故か背中に獣のひっかき傷のようなものがあるので、警察官にはまるで、胡散臭いものでも見るような目で見られた。
しかし、それも前日の脚立からの落下を不注意と理解してくれていた館長の言葉と、駆けつけた兄ちゃんのマジ泣きで、納得してもらえたらしい。不承不承という感はあったけれど、手当のあと、夕方には解放されて、帰宅できた。
正直な話、入院は勘弁してほしかったから、助かった。
ほかの人に見えないなにかを見ることが多い場所だったから、元々病院はあまり得意ではなかった。子供の頃はぼんやりと浮かぶ人影を見るのが怖くて、大きな病院に行くのを泣いて怖がった。眼鏡をかけていると見えにくくなるという謎ルールに気付くまでは、下を向いたままどこも見ないようにしていた。けれど今は眼鏡をかけているのなんて、最早お構いなしだ。
どう見ても普通の人にしか見えない人に別の人が突っ込んでいって、ぶつからずにすり抜けて歩いていく。異常な状況をまじまじと見つめていると、立ち尽くしていた方がふと顔をあげて、こちらを見る。その顔には目の部分に目玉がなく、ぽっかりと開いた眼窩の真っ暗な闇からさらに小さな無数の目が覗いている。なんてことがあるのに、顔を見るまでは、俺にはもう、どちらが見えない人なのか分からない。そのくらい、はっきりとした存在感があるモノがロビーだけでも三人いた。
それも問題と言えば問題なのだが、それ以上に問題なのは黒い影だ。ただ黒いだけの影が、ロビーには、数えるのが嫌になる程度には存在するのだか、それがあのときのあいつなのかわからないのが、危険すぎる。
だから、俺は兄ちゃんに無理を言って家に帰った。昨日のことがあったからなのか、兄ちゃんは強く反対はせず、俺を連れ帰ってくれた。
ただ、警察はそう甘くはなかった。
無人の自動車が突っ込んできましたとか、不審に思われないほうががおかしいとは思う。突っ込んできた軽トラックは近くの畑の脇に路駐されていたもので、エンジンはおろか鍵すらついてはいなかった。もちろん、坂だから動くことはあり得る。けれど、助けてくれたおじいさんが言っていた通り、サイドブレーキはかかったままだった。当然、軽トラの持ち主は近くにはいない。トラックを置いたまま近所のお宅にお茶を飲みに行ってしまっていたらしい。
まずは突っ込まれたこと自体を疑われて、次にトラックが突っ込んできたのを疑われて。最終的には、突っ込まれるような恨みを買っているんじゃないかと疑われた。その上、前日に脚立から落ちたときの青痣と何故か背中に獣のひっかき傷のようなものがあるので、警察官にはまるで、胡散臭いものでも見るような目で見られた。
しかし、それも前日の脚立からの落下を不注意と理解してくれていた館長の言葉と、駆けつけた兄ちゃんのマジ泣きで、納得してもらえたらしい。不承不承という感はあったけれど、手当のあと、夕方には解放されて、帰宅できた。
正直な話、入院は勘弁してほしかったから、助かった。
ほかの人に見えないなにかを見ることが多い場所だったから、元々病院はあまり得意ではなかった。子供の頃はぼんやりと浮かぶ人影を見るのが怖くて、大きな病院に行くのを泣いて怖がった。眼鏡をかけていると見えにくくなるという謎ルールに気付くまでは、下を向いたままどこも見ないようにしていた。けれど今は眼鏡をかけているのなんて、最早お構いなしだ。
どう見ても普通の人にしか見えない人に別の人が突っ込んでいって、ぶつからずにすり抜けて歩いていく。異常な状況をまじまじと見つめていると、立ち尽くしていた方がふと顔をあげて、こちらを見る。その顔には目の部分に目玉がなく、ぽっかりと開いた眼窩の真っ暗な闇からさらに小さな無数の目が覗いている。なんてことがあるのに、顔を見るまでは、俺にはもう、どちらが見えない人なのか分からない。そのくらい、はっきりとした存在感があるモノがロビーだけでも三人いた。
それも問題と言えば問題なのだが、それ以上に問題なのは黒い影だ。ただ黒いだけの影が、ロビーには、数えるのが嫌になる程度には存在するのだか、それがあのときのあいつなのかわからないのが、危険すぎる。
だから、俺は兄ちゃんに無理を言って家に帰った。昨日のことがあったからなのか、兄ちゃんは強く反対はせず、俺を連れ帰ってくれた。
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