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かの思想家が語るには
理不尽すぎるだろ 3
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こんないい天気なのに、ろくなことを考えてないと、ため息をついた、そのときだった。
ちりん。
と、音がした。ような気がした。あまりに小さくて、気のせいかとも思った。けれど、なんとなくそっちを振り返った。
目に飛び込んできだのは、車のフロント部分だった。
「は?」
耳を澄ませていたはずなのに、車のエンジン音なんて聞こえていなかった。別にEV車とか、ハイブリット車とかいうわけじゃない。古い軽トラックだ。というよりも、人は乗っていなかった。それをちゃんと理解したのは、あとで落ち着いてからだったのだが。
猶予なんて全くなかった。
車はすぐ目の前に来ている。
だめだ。
と、思うのと、服の背を何かに引っ張られるのは同時だった。
「え?」
引っ張る力は決して強くはなかったけれど、うまい具合に車とは反対側に俺はバランスを崩した。ぐらり。と、身体が傾いた瞬間に軽トラックがかなりのスピードで通り抜ける。そのサイドミラーが腕にぶつかって、俺は田んぼの畔の方に押し飛ばされた。腰ぐらいの高さがある畔に叩きつけられるように投げ出される。畔には枯草が残っていたし、元々土は柔らかかったけれど、強かにぶつけた身体には一瞬呼吸がとまるかと思うほどの衝撃を感じた。
「うあっ」
俺を跳ね飛ばした軽トラックは、坂道を下って道の脇の高い畔に突っ込んで、止まる。エンジン音はやはり聞こえない。
畔に寄りかかって倒れ込んだまま、痛みをこらえて、止まった軽トラックを見ると、太陽光を受けて車体の下にできた濃い影に何かが溶けるように沈んでいくのが見えた。その姿は、明らかに四足歩行するものだったと思う。人の姿には見えなかった。
強い、異臭がする。油や解けたゴムのような機械的な匂いではない。これは、生臭い獣の匂いだ。
どくん。どくん。と、早い鼓動の音が聞こえる。嫌な汗が噴き出す。
それが、影に消え行く最後の一瞬、笑ったように見えたのは、錯覚だったのだろうか。
「おい。大丈夫か?」
起き上がることができないまま、何かが消えていった影を見つめていると、たまたま別の軽トラックで通りかかった人が、車を止めて声をかけてくれた。何もない場所だから、通りがかりで俺が引っかけられるのを見ていたのだろう。
「兄ちゃん?」
人の好さそうな老人が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。よく見ると、小さいころから知っている近所のおじいさんだった。安心させようと思ったけれど、声が上手く出せなくて頷くと、腕と背中が酷く痛んだ。
「あんた。大北(俺んちの屋号)んとこの、菫ちゃんじゃねえか。おう。まってろ。救急車呼んでやるからな」
痛みに顰めた俺の様子におじいさんは慌ててスマホを取り出す。そんなに大袈裟なことにしたくなくて、慌てて止めようとするけれど、今度は身体中が痛くて、それどころじゃなかった。だから、諦めて、四肢の力を抜く。おじいさんはすごく心配してくれたけれど、大丈夫。と、一言応えるので精一杯だった。
ちりん。
と、音がした。ような気がした。あまりに小さくて、気のせいかとも思った。けれど、なんとなくそっちを振り返った。
目に飛び込んできだのは、車のフロント部分だった。
「は?」
耳を澄ませていたはずなのに、車のエンジン音なんて聞こえていなかった。別にEV車とか、ハイブリット車とかいうわけじゃない。古い軽トラックだ。というよりも、人は乗っていなかった。それをちゃんと理解したのは、あとで落ち着いてからだったのだが。
猶予なんて全くなかった。
車はすぐ目の前に来ている。
だめだ。
と、思うのと、服の背を何かに引っ張られるのは同時だった。
「え?」
引っ張る力は決して強くはなかったけれど、うまい具合に車とは反対側に俺はバランスを崩した。ぐらり。と、身体が傾いた瞬間に軽トラックがかなりのスピードで通り抜ける。そのサイドミラーが腕にぶつかって、俺は田んぼの畔の方に押し飛ばされた。腰ぐらいの高さがある畔に叩きつけられるように投げ出される。畔には枯草が残っていたし、元々土は柔らかかったけれど、強かにぶつけた身体には一瞬呼吸がとまるかと思うほどの衝撃を感じた。
「うあっ」
俺を跳ね飛ばした軽トラックは、坂道を下って道の脇の高い畔に突っ込んで、止まる。エンジン音はやはり聞こえない。
畔に寄りかかって倒れ込んだまま、痛みをこらえて、止まった軽トラックを見ると、太陽光を受けて車体の下にできた濃い影に何かが溶けるように沈んでいくのが見えた。その姿は、明らかに四足歩行するものだったと思う。人の姿には見えなかった。
強い、異臭がする。油や解けたゴムのような機械的な匂いではない。これは、生臭い獣の匂いだ。
どくん。どくん。と、早い鼓動の音が聞こえる。嫌な汗が噴き出す。
それが、影に消え行く最後の一瞬、笑ったように見えたのは、錯覚だったのだろうか。
「おい。大丈夫か?」
起き上がることができないまま、何かが消えていった影を見つめていると、たまたま別の軽トラックで通りかかった人が、車を止めて声をかけてくれた。何もない場所だから、通りがかりで俺が引っかけられるのを見ていたのだろう。
「兄ちゃん?」
人の好さそうな老人が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。よく見ると、小さいころから知っている近所のおじいさんだった。安心させようと思ったけれど、声が上手く出せなくて頷くと、腕と背中が酷く痛んだ。
「あんた。大北(俺んちの屋号)んとこの、菫ちゃんじゃねえか。おう。まってろ。救急車呼んでやるからな」
痛みに顰めた俺の様子におじいさんは慌ててスマホを取り出す。そんなに大袈裟なことにしたくなくて、慌てて止めようとするけれど、今度は身体中が痛くて、それどころじゃなかった。だから、諦めて、四肢の力を抜く。おじいさんはすごく心配してくれたけれど、大丈夫。と、一言応えるので精一杯だった。
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