真鍮とアイオライト 1

司書Y

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かの思想家が語るには

暴風雨 3

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「わかった。じゃあいい」

 そう言って、戌井の気配が離れる。折角心配してくれたのに、こんな態度をとって、もう、連絡してくれないだろうな。と、心の片隅で思う。けれど、それはすぐに別の感情に飲まれてきてしまった。今は、他のことを考えている余裕なんてない。

 一人になると、余計にいろいろな思いが生まれてきた。

 鈴と出会った日。
 雅かこんなふうに思うようになると思わなかった。すごいイケメンだとは思ったけれど、二度と会うことすらないと思っていた。
 そういえば、あの日、きっと、鈴には俺が変なものに引っ張られていたのが見えていたんだろう。ふらふらと、よくわからないものに引っかかって、持っていかれそうになっているのを放っておけなかったんだと思う。

 鈴は優しいから。

 そのあと、ずっと、気にかけてくれたのも、優しくしてくれたのも多分、鈴と同じ世界を見ている同類が珍しかったり、見えるだけで逃げることすらできない俺が危なっかしかったからだ。
 そうだ。
 鎖の件でうすうす気づいてはいた。鈴が俺を気にかけてくれたのは、俺にこんな目があるからだ。そうでなければ、俺がいることに気付いてももらえなかっただろう。
 俺だって、いつだって、理解してくれる人が欲しかった。きっと、鈴もそうだったのに違いない。

 それを勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。一瞬でも鈴に好かれているんじゃないかなんて考えた自分を消してしまいたい。

「……もやだ。きえた……い」

 呟くと、ふと、また、あの匂いが感じられた。生臭い匂い。錆びた鉄の匂い。その匂いを俺は知っている。何かの息遣いが聞こえる。
 ああ。
 きっと、アレが来たんだと思う。
 俺を追っていたあの黒い影が、引っ張りに来たんだ。
 あの鈴と出会った日の晩のように。俺を車道へ導こうとした流星群の夜のように。
 幼い日。いつか迎えに行くよと言った誰かのように。

「も。いい」

 鈴に助けられなかったらどうなっていたんだろうか。ここにいなかったんだろうか。
 その方がよかったのかもしれない。
 こんな思いをするくらいなら、いっそ……。

 ちりん。

 と、どこか遠くで鈴の音が聞こえる。それはあまりに遠くて、街のざわめきに霞んで消えた。

 どさ。

 鈴の音に耳を澄ましていると、かわりに、座り込んだ俺の隣に空気の動きを感じた。地面に何かが置かれたみたいだ。多分、ビニール袋に入った何か。重いものだ。
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