真鍮とアイオライト 1

かの思想家が語るには

吾輩は寂しいと死んじゃうにゃ 4

「ふうん。あ……おい。今、なんか変なとこタップしなかったか？」

「え？」

　スマホを手で隠していたから、戌井の指摘に思わず反応して、画面を凝視する。変なところを触ってしまって、鈴に変なものを送ってしまったら困る。

「ほら。そこ見ろよ」

　自分の単純さとか、人の好さとか、そう言うのが嫌になるときはたくさんあるけれど、今日もそうだ。指摘されて画面を見たら、横から手が伸びて、勝手にスタンプを送られた。
　猫好きの俺が好んで使う猫のスタンプで。

　吾輩は寂しいと死んじゃうにゃ。

　涙を浮かべた猫が寂しそうにしている。26歳男子が、冗談抜きで送るには痛すぎるスタンプだ。もちろん、今までに使ったことは一度もないヤツだ。

「ばっ……おまっ……なに」

　慌てて取り消そうとしたけれど、すぐに既読がついてしまった。そんなものを鈴に見られたと思うと、死んでしまいたい。絶対ヤバいやつだと思われた。とにかく弁解しなくてはと、”ともだちが、かって”まで書いたところで、しゅぽん。と、また返信があった。

　俺も寂しいです。

　鈴はあまりスタンプを使わない。俺が年上だから敬意の表れなのか、単に普段からあまり使わないのかわからないけれど、大抵は必要なことを丁寧な文章で送ってくる。
　文章はスタンプほど表情がない。けれど、ストレートに鈴の思っていることが籠っている気がした。
　だから。だから、俺はまた、固まったまま動けなくなった。

「よかったな」

　不機嫌そうな表情を隠しもしないで、戌井は歩き始めた。

「おら。行くぞ。駅まで送ってくれんだろ？　メシ、途中でいいよな？」

　立ち止まることなく歩きながら、大声で言う。なんで怒られなければいけないのかは分からないけど、そんなことは正直どうでもよかった。もう、誰に何と言われても、今は鈴のことで頭がいっぱいだった。
　もう一度、スマホの画面を見る。

　俺も寂しいです。

　同じ気持ちでいてくれたのが嬉しい。
　優しい気持ちになって、スマホの画面をそっとなぞると、ふと、画面の明るさが一段暗くなった気がした。

　あれ？　

　俺は首を傾げた。触れている状態で省エネモードになることなんてないはずなのに、何故？　と、疑問に思う。

「池井！」

　けれど、戌井の呼ぶ声が聞こえて、俺は顔を上げた。正直機械に疎くて、たまに急に画面が暗くなっても、直し方がわからないことがある。今回もきっとそれと同じだろう。放っておいても、次に画面を立ち上げた時には元に戻っているだろう。

「あ。うん。今行く」

　だから、俺はスマホの画面を落として、握ったままポケットに手を突っ込んだ。
　その時に、小さく、スマホが震えたような気がした。けれど、それは微かな動きだったから、気のせいだろうと、俺は戌井を追って走り出した。