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かの思想家が語るには
兄ちゃんバカだから 2
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兄ちゃんは企業の研究職に就いている。頭がいいくせに、ちょっと、馬鹿だ。完全理系で理論はしっかりしてるくせに、肝心の前提が間違っているのに気づいていない。世間一般で言うと、俺は女の子でもなければ、可愛くもない。という前提があれば、結論が全く異なってくることをいくら説明してもわかってくれないのだ。
最近、溺愛の方向性がかなり迷子になっている気がしていたが、勘違いではなかったようだ。
「勘弁してよ。とにかく、鈴君はそんなんじやないから。あの子の容姿しっかり見た? 狼になるのにだって相手選ぶよ。大体さ。放っておいたって女の子の方から寄ってくんのに、おっさんなんか相手にするわけないだろ」
自分で言っておいて、何だか切なくなるが、正論であることは間違いない。兄ちゃんは弟という意味で、溺愛補正がかかっているから可愛く見えるかもしれないけれど、相手選び放題の鈴の周りには本当の意味で若くて可愛い女の子がたくさんいる。言い訳だか、自己防衛だか、一般常識だか、好きな気持ちを誤魔化すためだったけれど、並べ立てると、それが本当のような気がしてくる。いや、多分、それが真実だ。
「でも、お前はあいつに惹かれているだろう?」
それなのに。だ。兄ちゃんが言い放った一言に、俺は時間が止まった。
「は?」
思わず、聞き返す。自分は弟の俺を溺愛しているくせに、人の心の動きなんて、脳細胞の活動の残りカスだ。とか、言って憚らない兄ちゃんの意外すぎる言葉は、聞き間違いとしか、思えなかった。
「可愛いお前に好かれていて、本能に逆らえる人類がいてたまるか。そんなことが可能なのは、兄である俺くらいだ」
ちょっと後で考えると聞き捨てならない言葉が含まれていたような気がするけれと、それはおいておいて、俺はかなり動揺していた。恋愛なんかに欠片も興味がない人に俺の気持ちがバレている。
もしかしたら、兄ちゃんが気づくくらいだってことは、他の人にも、いや、最悪鈴にも気づかれてるんじゃないだろうか。
「ちょっと、待ってよ。え? どゆこと?」
兄ちゃんのことだから、完全におかしな方向の勘違いかもしれないという線も捨てきれないから、恐る恐るそう聞くと、兄ちゃんはため息をついた。
「だから、お前が、あの大学生に、恋愛感情を持っているだろうって話だ。だが兄ちゃんは認めな……」
「や! ちょっと待ってよ。どうしてそうなるわけ!? 分かってると思うけど、普通男は男を恋愛対象にはしないよ?」
俺の気持ちのことはさらっと流して、説教が始まりそうだったので、慌てて話を戻させる。シフトレバーにかけたままの腕を掴むと、兄ちゃんは呆れ顔になった。
「普通なんか知らん。大体恋愛感情自体がバグなんだから、何が起きてもおかしくなんてないだろう」
こともなげに兄ちゃんは言い切る。
そうだった。世間一般の常識とかは、この人には通用はしない。兄ちゃんは、基本自分が観察した結果しか信用しない。だから、すごく可愛がっているのにも関わらず、俺がほかの人に見えないモノを見えると言っても、全く信じてはくれなかった。
「菫。お前のことは俺が一番よく知ってる。ばあちゃんよりも俺の方が長くお前のことを見てるからな。だから、お前の顔を見てれば、LINEの相手がお前の好きな人だってことくらいは分かる。観察するのが仕事の研究職を舐めるな」
兄ちゃんの手にかけた俺の手に手を重ねて握って、兄ちゃんが優しく諭すように言う。父が忙しくて構ってくれなかったから、兄ちゃんは父と母の両方に代わってくれる人だった。だから、ごくごくたまに、兄ちゃんは謎の包容力を発揮する。
人の感情に疎い兄ちゃんだけれど、確かに俺のことは誰よりもよく知ってくれていると思う。だから、兄ちゃんだけが俺の気持ちに気付いたんだろうか。そう思ってもいんだろうか。
「菫はいい子だ。派手ではないから、気付かないヤツが多いが、そばにいれば菫の良さに気付かないはずがない。可愛いし、優しいし、料理も上手い。大体、菫の良さは男女とか関係ない。惹かれて当然だ」
兄バカ全開で、兄ちゃんは俺の頭を優しく撫でる。
ずっと、鈴を好きなことをダメなことだと思っていた。鈴は魅力的だ。溺愛兄補正とかなくても、それは変わりない。でも、俺は女の子じゃないから、そんなことを思ってはいけないのだと思っていた。
きっと、鈴にも迷惑だろう。
けれど、兄ちゃんが(発言している内容と俺の捉え方とは完全に別方向かもしれないけれど)そんなふうに、人を好きになるのに男女は関係ないと思っていると知っただけで、何も変わっていないのに、少し心が軽くなった気がした。
最近、溺愛の方向性がかなり迷子になっている気がしていたが、勘違いではなかったようだ。
「勘弁してよ。とにかく、鈴君はそんなんじやないから。あの子の容姿しっかり見た? 狼になるのにだって相手選ぶよ。大体さ。放っておいたって女の子の方から寄ってくんのに、おっさんなんか相手にするわけないだろ」
自分で言っておいて、何だか切なくなるが、正論であることは間違いない。兄ちゃんは弟という意味で、溺愛補正がかかっているから可愛く見えるかもしれないけれど、相手選び放題の鈴の周りには本当の意味で若くて可愛い女の子がたくさんいる。言い訳だか、自己防衛だか、一般常識だか、好きな気持ちを誤魔化すためだったけれど、並べ立てると、それが本当のような気がしてくる。いや、多分、それが真実だ。
「でも、お前はあいつに惹かれているだろう?」
それなのに。だ。兄ちゃんが言い放った一言に、俺は時間が止まった。
「は?」
思わず、聞き返す。自分は弟の俺を溺愛しているくせに、人の心の動きなんて、脳細胞の活動の残りカスだ。とか、言って憚らない兄ちゃんの意外すぎる言葉は、聞き間違いとしか、思えなかった。
「可愛いお前に好かれていて、本能に逆らえる人類がいてたまるか。そんなことが可能なのは、兄である俺くらいだ」
ちょっと後で考えると聞き捨てならない言葉が含まれていたような気がするけれと、それはおいておいて、俺はかなり動揺していた。恋愛なんかに欠片も興味がない人に俺の気持ちがバレている。
もしかしたら、兄ちゃんが気づくくらいだってことは、他の人にも、いや、最悪鈴にも気づかれてるんじゃないだろうか。
「ちょっと、待ってよ。え? どゆこと?」
兄ちゃんのことだから、完全におかしな方向の勘違いかもしれないという線も捨てきれないから、恐る恐るそう聞くと、兄ちゃんはため息をついた。
「だから、お前が、あの大学生に、恋愛感情を持っているだろうって話だ。だが兄ちゃんは認めな……」
「や! ちょっと待ってよ。どうしてそうなるわけ!? 分かってると思うけど、普通男は男を恋愛対象にはしないよ?」
俺の気持ちのことはさらっと流して、説教が始まりそうだったので、慌てて話を戻させる。シフトレバーにかけたままの腕を掴むと、兄ちゃんは呆れ顔になった。
「普通なんか知らん。大体恋愛感情自体がバグなんだから、何が起きてもおかしくなんてないだろう」
こともなげに兄ちゃんは言い切る。
そうだった。世間一般の常識とかは、この人には通用はしない。兄ちゃんは、基本自分が観察した結果しか信用しない。だから、すごく可愛がっているのにも関わらず、俺がほかの人に見えないモノを見えると言っても、全く信じてはくれなかった。
「菫。お前のことは俺が一番よく知ってる。ばあちゃんよりも俺の方が長くお前のことを見てるからな。だから、お前の顔を見てれば、LINEの相手がお前の好きな人だってことくらいは分かる。観察するのが仕事の研究職を舐めるな」
兄ちゃんの手にかけた俺の手に手を重ねて握って、兄ちゃんが優しく諭すように言う。父が忙しくて構ってくれなかったから、兄ちゃんは父と母の両方に代わってくれる人だった。だから、ごくごくたまに、兄ちゃんは謎の包容力を発揮する。
人の感情に疎い兄ちゃんだけれど、確かに俺のことは誰よりもよく知ってくれていると思う。だから、兄ちゃんだけが俺の気持ちに気付いたんだろうか。そう思ってもいんだろうか。
「菫はいい子だ。派手ではないから、気付かないヤツが多いが、そばにいれば菫の良さに気付かないはずがない。可愛いし、優しいし、料理も上手い。大体、菫の良さは男女とか関係ない。惹かれて当然だ」
兄バカ全開で、兄ちゃんは俺の頭を優しく撫でる。
ずっと、鈴を好きなことをダメなことだと思っていた。鈴は魅力的だ。溺愛兄補正とかなくても、それは変わりない。でも、俺は女の子じゃないから、そんなことを思ってはいけないのだと思っていた。
きっと、鈴にも迷惑だろう。
けれど、兄ちゃんが(発言している内容と俺の捉え方とは完全に別方向かもしれないけれど)そんなふうに、人を好きになるのに男女は関係ないと思っていると知っただけで、何も変わっていないのに、少し心が軽くなった気がした。
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