真鍮とアイオライト 1

司書Y

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かの思想家が語るには

兄ちゃんバカだから 1

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「で? 結局、あいつは何者なんだ?」

 握ったハンドルを指先でこつこつと叩きながら、俺の兄・池井椿は問いかけてきた。

「いや。だからさ。友達だって」

 兄ちゃんと落ち合ったのは、ほんの3分ほど前だ。愛車の新型ジ〇ニーで、迎えに来てくれたはいいけれど、何故か不機嫌で、普段は人当たりがいい癖に鈴にもちゃんと挨拶してくれない。
 おかげでなんだか急かされて、しっかり鈴に別れを言えなかった。

「友達? あれ大学生だろう? どこに接点があるんだ?」

 鈴との出会いは本当に偶然としか言いようがない。
 変なものが見えることは、兄ちゃんは信じていない。話したことがないわけじゃないけれど、強く否定された。ほんの子供の頃の話だから、兄ちゃんはもう、忘れているかもしれないし、俺の嘘だと思っているかもしれない。
 自分以外の人にそのことを話したのは、兄が初めてだった。その時、『そんなものは絶対にいるわけがない!』と、言われたから、これは話してはいけないことなのだと理解した。普段、俺の話すことを何でも優しく聞いてくれていた兄ちゃんに完全否定されて、『あ。これ。ダメなやつなんだ』と、漠然と思ったのをよく覚えている。だから、冗談以外でこのことをほかの人に話したことはな殆どない。

「落とし物拾ってもらったんだよ。夜に道端で探してるの見かけて、声かけてくれたの」

 だから、変なものが見える部分だけを省いて話してみると意外とありえそうな出会いになった。兄ちゃんに嘘を吐くのは嫌だったけれど、嘘はないし、流れがおかしいこともない。

「落とし物ねえ。で? お前は友達相手に手握られてへらへらしてたわけか?」

 鈴に手を握られていたのを見られていた。と、いう何とも言えない羞恥心に一気に顔が熱くなる。確かに、友達同士で手を握るなんて、小学校低学年くらいまでだろう。咄嗟にはうまい言い訳が見つからずに、俺は黙り込んだ。
 鈴を好きなことを恥ずかしいことだと思っているわけではないけれど、簡単に誰かに知られるのは抵抗がある。特に、両親が離婚してからは、父と母両方の代わりをしてくれていた兄ちゃんに知られるのは、まだ覚悟ができていない。

「大体。そんなに酔っぱらって。今日本当に同級会だったのか? 最初からあいつと会ってたんじゃないだろうな?」

 ちょうど信号が赤に変わって、車が停止した。その途端、兄ちゃんはがばっ。と、こっちに詰め寄ってくる。

「お前は昔から緊張感がないというか。危機感がないというか。人が良すぎるというか……とにかく! 男はみんな狼なんだぞ!」

 ぐい。と、俺の手を掴んで、兄ちゃんは言った。ヒートアップしてきているのか顔が近い。けれど、酔っているのは俺のはずだが、言っていることは兄ちゃんの方がおかしい。

「何馬鹿なこと言ってんの? 大体、可愛い妹ならともかく、俺のどこに狼に襲われる要素があるわけ?」

 いや、それも、いつものことではある。
 兄ちゃんは、俺に対してかなり過保護だ。元々、子供の頃から仲がいい兄弟だったけれど、両親が離婚して、兄ちゃんが保護者代わりになって、ちょっと異常なほど心配されるようになった。前職を辞める際のゴタゴタで俺が心療内科に通うまで追い込まれてからは、さらにエスカレートしている気がする。

「馬鹿言うな! お前は妹じゃないが、世界で一番可愛い! 襲われる要素は……ここでは全てを伝えきれないから、後でレポートにまとめて渡す」

 これが、本気なのが怖い。最早、可愛がるとか、心配する。というよりも、溺愛されていると言ってもいい。
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