真鍮とアイオライト 1

司書Y

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かの思想家が語るには

温もりを受け取って 1

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 電車を降りると、鈴はいつもみたいに家まで送ってくれると主張した。確かにさっきの一件で少し酔いは醒めたような気がしていたが、まだひとから見ればふらついていたかもしれない。たから、心配されるのも当然かもしれないのだか、今は鈴の心を煩わせるのが、嫌だった。
 俺のことを気にしてくれるのが、嫌なのではない。ただ、今、大切に扱われると、勘違いが酷くなってしまう。酔っているから、歯止めが効かずに、甘えてしまいそうにな自分が嫌なんだ。

 だから、鈴の主張を今日は断わった。元々、今日は飲み屋まで、兄ちゃんが迎えに来てくれるはずだった。戌井と会ったから、電車で帰ろうと思ったのだけれど、その戌井は結局あの後見つからなかった。だから、鈴の家の近くにあるコンビニで兄ちゃんと落ち合うことにして、駅を出た。

 相変わらず、外は寒い。今日は飲んでいるから平気だか、いつもなら、完全装備でなければ、外には出られそうもない寒さだ。
 きん。と、音がしそうなほどの空気は澄んでいて、いつの間にか昇った月が遠くまで照らしている。

「その手。どうしたんですか?」

 手袋もしないまま、歩いていた事にここでようやく気づく。居酒屋では、あんなに指先が冷たかったのに、今は温かい。鈴がそばにいるからかな。と、ふわふわと、よく回らない頭で考える。

「あ。これ? 今日ボケて利用者さんとぶつかった。大したことないのに、小柏さんが、わざと大げさにするから」

 じっ。と。その手を見つめてから、鈴の指先がそこに触れる。痛みはない。けれど、少し驚いて身を固くしてしまった。

「すみません。痛かったですか?」

 慌てて離れる鈴の手を残念に思う。触ってもらえるのは嫌じゃない。そう思ってから、やっぱり酔っていると自覚した。

「痛くはないよ。鈴君の手冷たくてびっくりしただけだ」

 びっくりしたのはそのせいではなかったけれど、鈴の手が冷たいのは本当だった。いや、この寒さでは冷たいのが当たり前かもしれない。

「俺、酔っぱらってるから温かいだろ? あの人。友達? が酔ってるって言ってたけど、本当はあんまり飲んでない?」

 気を利かせて鈴を帰らせてくれた人物のことを思い出す。彼は鈴のことを名前で呼んでいた。鈴は自分の苗字が嫌いだと言っていたけれど、多分、どうでもいい相手なら何と呼ばれても気にしないだろうことは分かる。その鈴が名前で呼ばせていたということはかなり親しいのだと想像できた。

「ああ。や。飲んでるには飲んでますけど。あいつ大袈裟だから」

 鈴が苦笑する。『あいつ』という言葉に、すごく親しみのような感情を見て取れた。

 鈴の手が躊躇いがちに鈴はもう一度俺の手に触れる。

「池井さんは温かいですね。手袋しなくても大丈夫そうだ」

 そう言って大きな手が俺の手を握り込んだ。俺の熱が鈴の手に伝わっていく。

「……こ…ども体温だって。兄ちゃんにからかわれる」

 手を繋いでいるみたいだ。
 と。思う。
 いや。こういうのを手を繋いでいると言うんじゃないのか?

 内心、ものすごく動揺していた。けれど、離してほしくないから、何でもないふりをする。
 鼓動が早い。これは、酔いのせいじゃない。顔が熱いのも、ふわふわと、足が地につかないのも、別の理由だ。

「少し、カイロかわりになってください」

 言い訳するみたいに言った鈴は、そのまま手を離さなかった。
 鈴はどうしてこんなことをするんだろう。深い意味なんてないんだろうか。友達同士のじゃれ合いの延長? でも、大の大人が友達の手を握るなんて、握手以外であるんだろうか? 俺の腕に女の子が触るのは止めたのに、鈴が俺に触るのはどうしてだろう。
 少しは俺のことを。
 まるで、嵐みたいにいろんな考えが浮かんで消えていく。いや、浮かぶばかりで消えてくれない。パンクしそうだ。冷静に考えるどころか、酔った頭では自分に都合のいいことばかり考えてしまいそうで怖い。
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