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番外編 番犬と十七夜
後日談 結局可愛いもん勝ち 2
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「俺以外で翔悟が素直に言うこと聞くとしたら、ジジイくらいだろうが」
しかも、隠し撮りのLINEを壱狼の部下に見とがめられずに送るなんて、恐らく不可能だ。祖父の命令で気付いていて見逃したというのでなければ、祖父の身辺警護を任されるほどの信頼を得ることはできないだろう。
「犬がバカなのは、飼い主がバカだからだぞ」
くく。と、喉の奥で笑って、老人言う。
思い通りになって楽しくてならない。という、表情だ。
「まあ、貴志狼。座れ」
促されて素直に従うのが面白くなくて、その顔をじっと見る。表情はできる限り不機嫌を装った。いや、実際不機嫌ではあったのだが、それでも、貴志狼はこの悪戯好きな祖父が嫌いではなかったから、不快感を表現できていたかは怪しい。
「座れ」
一瞬。祖父の視線がきつくなる。おそらく、慣れていないものならすぐに膝を折ってしまいたくなるくらいの威圧感を持った瞳だ。それでも、貴志狼は思わず従いそうになるのをかろうじて堪えた。老人のやり方は心得ている。ここで屈したら、最後まで会話のペースは壱狼のものになってしまう。
「相変わらず、ガキのくせに鼻っ柱だけは強いな」
たぶん、貴志狼の強がりなど、お見通しだっただろう。けれど、ふ。と、表情を和ませて、壱狼は言った。
「こうでもしなけりゃ、お前いつまで経っても葉ちゃんの番犬すらまともにできんまんまだろうが」
壱狼は家族ぐるみで付き合っている葉のことを小さなころから”葉ちゃん”と呼んで、可愛がっている。貴志狼の姉や妹よりも可愛がっている節があるほどだ。葉の方も彼を”壱じいちゃん”と呼んで懐いていた。
しかも、葉はたまに緑風堂まで自ら足を運ぶ壱狼に悩みを相談したり、貴志狼には内緒で食事に出かけたりしていたらしい。壱狼から、貴志狼が怒るから内緒にしておいてほしいと頼まれて、律儀にも葉はそのことを内緒にしていた。
そもそも、壱狼が、というよりも、組のものが葉に近付くことを貴志狼はよくは思っていない。葉のようなタイプには貴志狼の身を置いている世界は相応しくないと思うからだ。もちろん、葉が自分より壱狼を頼るのも面白くはないのだが、壱狼が葉に会うことに気付いていながら、葉にも壱狼にもそれを問いただすことができなかったのには訳がある。
「葉ちゃんの望みを知ろうともしないで、悩ませて何が番犬か」
おそらく、葉が壱狼に本当の気持ちを話すようなことはなかっただろう。葉はいわゆる天然系だが、さすがにそのくらいの分別はある。はずだ。けれど、人の感情の機微に聡い祖父の目を誤魔化せるほど葉はスレてはいない。壱狼にしてみれば、葉の気持ちなんて手に取るように分かっていたのだと思う。
「何年もそばにいたくせに、気付きもしないお前のバカさ加減には、ほとほと愛想が尽きた」
大きくため息をついて、壱狼はその辺にあった紙片を丸めて、貴志狼の方に投げた。それは、狙ったように貴志狼の額に命中して、畳の上に落ちる。
その、心の底からバカにしたような態度に腹が立つ。葉の気持ちに貴志狼より早く気づかれていたのにも、貴志狼自身の気持ちもバレバレだったのにも腹が立つ。
そして、それ以上に何も言い返せないことにさらに腹が立った。祖父の言っていることが正しいことくらいは貴志狼にも分かっている。葉が大切過ぎて、大切過ぎるから臆病になって、葉が思い悩んでいたことにすら気づかなかったことは、責められても仕方ないことだ。反省しているし、もう絶対に間違ったりしないと誓える。
「お前みたいなヘタレのどこを気に入ったんだか」
けれど、世間一般では認められないような感情を当たり前のことのように認めてくれたことを、貴志狼は同じくらいに感謝していた。職業?柄、倫理観がどうのとか、そんなハードルは高くはない。それでも、まるで普通の女性を選んだかのように扱ってくれる祖父の器のデカさには、きっと、一生敵わないと思うし、きっと、認めてくれたことに対して、一生頭は上がらない。
しかも、隠し撮りのLINEを壱狼の部下に見とがめられずに送るなんて、恐らく不可能だ。祖父の命令で気付いていて見逃したというのでなければ、祖父の身辺警護を任されるほどの信頼を得ることはできないだろう。
「犬がバカなのは、飼い主がバカだからだぞ」
くく。と、喉の奥で笑って、老人言う。
思い通りになって楽しくてならない。という、表情だ。
「まあ、貴志狼。座れ」
促されて素直に従うのが面白くなくて、その顔をじっと見る。表情はできる限り不機嫌を装った。いや、実際不機嫌ではあったのだが、それでも、貴志狼はこの悪戯好きな祖父が嫌いではなかったから、不快感を表現できていたかは怪しい。
「座れ」
一瞬。祖父の視線がきつくなる。おそらく、慣れていないものならすぐに膝を折ってしまいたくなるくらいの威圧感を持った瞳だ。それでも、貴志狼は思わず従いそうになるのをかろうじて堪えた。老人のやり方は心得ている。ここで屈したら、最後まで会話のペースは壱狼のものになってしまう。
「相変わらず、ガキのくせに鼻っ柱だけは強いな」
たぶん、貴志狼の強がりなど、お見通しだっただろう。けれど、ふ。と、表情を和ませて、壱狼は言った。
「こうでもしなけりゃ、お前いつまで経っても葉ちゃんの番犬すらまともにできんまんまだろうが」
壱狼は家族ぐるみで付き合っている葉のことを小さなころから”葉ちゃん”と呼んで、可愛がっている。貴志狼の姉や妹よりも可愛がっている節があるほどだ。葉の方も彼を”壱じいちゃん”と呼んで懐いていた。
しかも、葉はたまに緑風堂まで自ら足を運ぶ壱狼に悩みを相談したり、貴志狼には内緒で食事に出かけたりしていたらしい。壱狼から、貴志狼が怒るから内緒にしておいてほしいと頼まれて、律儀にも葉はそのことを内緒にしていた。
そもそも、壱狼が、というよりも、組のものが葉に近付くことを貴志狼はよくは思っていない。葉のようなタイプには貴志狼の身を置いている世界は相応しくないと思うからだ。もちろん、葉が自分より壱狼を頼るのも面白くはないのだが、壱狼が葉に会うことに気付いていながら、葉にも壱狼にもそれを問いただすことができなかったのには訳がある。
「葉ちゃんの望みを知ろうともしないで、悩ませて何が番犬か」
おそらく、葉が壱狼に本当の気持ちを話すようなことはなかっただろう。葉はいわゆる天然系だが、さすがにそのくらいの分別はある。はずだ。けれど、人の感情の機微に聡い祖父の目を誤魔化せるほど葉はスレてはいない。壱狼にしてみれば、葉の気持ちなんて手に取るように分かっていたのだと思う。
「何年もそばにいたくせに、気付きもしないお前のバカさ加減には、ほとほと愛想が尽きた」
大きくため息をついて、壱狼はその辺にあった紙片を丸めて、貴志狼の方に投げた。それは、狙ったように貴志狼の額に命中して、畳の上に落ちる。
その、心の底からバカにしたような態度に腹が立つ。葉の気持ちに貴志狼より早く気づかれていたのにも、貴志狼自身の気持ちもバレバレだったのにも腹が立つ。
そして、それ以上に何も言い返せないことにさらに腹が立った。祖父の言っていることが正しいことくらいは貴志狼にも分かっている。葉が大切過ぎて、大切過ぎるから臆病になって、葉が思い悩んでいたことにすら気づかなかったことは、責められても仕方ないことだ。反省しているし、もう絶対に間違ったりしないと誓える。
「お前みたいなヘタレのどこを気に入ったんだか」
けれど、世間一般では認められないような感情を当たり前のことのように認めてくれたことを、貴志狼は同じくらいに感謝していた。職業?柄、倫理観がどうのとか、そんなハードルは高くはない。それでも、まるで普通の女性を選んだかのように扱ってくれる祖父の器のデカさには、きっと、一生敵わないと思うし、きっと、認めてくれたことに対して、一生頭は上がらない。
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