真鍮とアイオライト 1

司書Y

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番外編 番犬と十七夜

後日談 結局可愛いもん勝ち 1

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 川和家本宅の母屋は広い。元々、都会とは違って土地なんて捨てるほどある。しかも、まだ、戦後の高度経済成長前に二束三文で手に入れた土地だ。その後、市街地化計画で、驚くほど価値は変わったし、便利にもなったらしいのだが、平成生まれの貴志狼にはすでに歴史上の話としか思えない。

 どこまで続いているんだという長く、高く、白い壁に囲まれた敷地には母屋のほかにいくつかの離れがあって、それぞれがごく普通の一戸建てほどの広さを備えている。しかも、高い庭木で仕切られているため、お互いを干渉することはない。もちろん、住み込みの庭師まで雇っている庭は常に最高の状態を保っていて、華美ではないが、趣味の良さに感心する客も多い。らしい。と、これも貴志狼にとってはどうでもいいことだった。

 敷地の中心に位置している母屋は平屋の和風建築でもともとは貴志狼の家族が住んでいた。しかし、仕事?の都合上、父と母は現在は東京で暮らしているし、姉夫婦は敷地内で一番広い離れに住んでいる。貴志狼も離れに住んでいるから、この母屋に住んでいるのは祖父と妹だけだ。
 両親や姉、貴志狼の部屋も母屋には存在しているが、使われてはいない。しかし、無駄に広いこの家は、それでも寂しいという印象はない。住み込みの使用人は長く勤めているものばかリで気が置けないし、貴志狼の祖父・壱狼の部下というか、お世話係?ボディガード?のような顔面凶器が入れ代わり立ち代わり出入りしているからだ。そのうえ、祖父・壱狼が翔悟のような下っ端の礼儀も知らないガキを呼びつけてはつかいっぱしりに使って、悪だくみばかりしているから、母屋はいつでも人が出入りする賑やかな家だった。

 その母屋の最深部。見た目にはわかりづらいけれど、最も金のかかった部屋に貴志狼はいた。畳敷きの20帖ほどの部屋だ。床の間には、山水画の掛け軸(それなりに有名な画家の作らしいが興味ない)その前には花器に梅の花が生けられている。
 それを背にして座る老人。文机の上には書きかけの何かが散乱している。また、何か悪だくみをしているんだろうか。もう、80は超えているが、矍鑠として生命力に満ちている。背が高いわけでも、体格がいいわけでもないが、眼光が鋭く存在感を放っている老人は、和服を着てつまらなそうに貴志狼を見ていた。

「葉につまんねえ嘘を吐くように翔悟に言ったのはジジイだな?」

 立ったまま老人を見下ろして、貴志狼は言った。
 おそらく、目の前の老人にこんな口の利き方ができるのは貴志狼だけだ。地方のならず者の集まり程度だった川和組を国内最大級の広域指定暴力団にまで成長させた昭和の英傑は、老いてなお各方面に絶大な影響力を持っている。腕っぷしも強く、頭も切れて、人格に優れ、敵対組織の者すら道を譲ると言われるほどの人物だが、貴志狼にとってはただの悪戯好きで、祭り好きな喧嘩相手だった。

「嘘? なんのことだ」

 片眉をあげて、壱狼は応える。何のことかなんてもちろんわかっているはずだ。
 と。貴志狼は思う。
 この老人に見通せないことなんてない。たとえ、この場所に座ったままでも、知りたいことなんて全部分かっているし、貴志狼の行動をコントロールすることも容易いはずだ。

「誰が見合いするって?」

 翔悟が客用の茶葉の買い出しに行った日。明らかに葉の様子がおかしかったことには、貴志狼も気付いていた。心配だったし、理由が知りたいとは思ったけれど、晴興に葉を任せると決めたばかりだったから、追及できなかっただけだ。
 気持ちが通じ合った後、しっかりとその日の話を聞いて、昨日の宴会前の客の出迎えの時の画像が送られてきたというLINEも見せられて、貴志狼はすべてを理解したのだ。

「大体あの女、美作のおっさんの後妻だろうが。二十歳そこそこで、うちの親父と同い年のおっさんと結婚するとか、強かすぎてドン引きだわ」

 もちろん、貴志狼には結婚どころか、見合いの予定もない。最初から、貴志狼には葉だけだったし、葉が誰か別の人を選んでも、貴志狼が誰か別の相手を伴侶として選ぶ気など全くなかった。それが、たとえ祖父の絶対命令であってもだ。
 翔悟が画像に撮った人物の男性の方は昨夜の主賓である、祖父が盃を与えた某団体の新組長で、同伴していた女性は娘ではなく後妻だ。女癖が悪く、たしか、三人目の嫁のはずだ。前の二人も存命で慰謝料で悠々自適な生活をしているらしい。と、まあそんなことはどうでもいいのだが、いくら翔悟が下っ端で阿呆とはいえ、そのくらいの事情は分かっているはずだ。
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