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番外編 番犬と十七夜
なんで僕が好きなんですか 2
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『葉さん。映画の後、ディナーにも誘っていいですか?』
そんな葉の不思議そうな表情に笑みを濃くして、晴興が訪ねる。またしても、葉には文脈がよくわからない。
『え? あ。はい』
家に帰っても誰もいないことは分かっているから、葉は思わずはい。と、答えていた。今日は貴志狼が来ることは絶対にない。だから、家に一人でいるのも嫌だったのは事実だ。
『そのときに、大切な話があります』
晴興の顔は真剣そのものだった。
そう言われて、はじめて、葉ははっとなった。
もしかしたら。と、考えて、首を振る。もしかしたら、晴興は自分に気持ちを伝えるつもりなんだろうか。
映画の原作では、佳孝は気持ちをヒロインに伝えるべきか、伝えずにおくべきかとても悩む。その背景には幼馴染の潤の存在があるのだが、結局は彼女を支えられるのは自分だと決心するのだ。そのシーンの描写には佳孝の誠実さや優しさが溢れている。
勇気をもらう。
とは、映画の佳孝に勇気をもらって自分に思いを伝えようとしているのだろうか。と、葉は想像してしまった。
『あ。ほら。信号変わりましたよ?』
葉の混乱に多分、晴興は気付いている。けれど、彼は何も言わなかった。葉に考える時間を与えてくれていたのだ。けれど、余裕のない葉がそれに気付いたのは随分後になってからだった。
『…はい』
このまま、一緒にいていいのだろうか。
足を引きずって、歩きながら、葉は思う。
葉は映画のヒロインのように不治の病に侵されているわけではない。けれど、伴侶をつくる気などなかった。
脚が不自由になっても自分自身は大きな問題だとは思っていない。歩けないわけでもないし、大抵のことは一人でできる。けれど、一生を共にしていく人にとって、それが少しでも負担になってしまうなら、一人でいたい。小さな負担でも重なることで致命的な亀裂になってしまうこともあるからだ。
自分の足のことを煩わしいと思われるのが怖い。だから、伴侶は要らない。ただ、もし。もしも、伴侶を選ぶことができるとしたら、それは、きっと、晴興ではないだろう。
だから、晴興が本当に葉に告白を考えているのだとしたら、それを受け入れることはできないし、できれば、そうなる前にそんな気がないことを伝えるのが誠実さだと思う。
言わないと。
間違っていたら恥ずかしいことこの上ない。晴興のような完璧な男性から好かれているなんて、勘違いで想像していたなら、本当に大馬鹿だ。けれど、それならその方がいいとすら思えた。
『葉さん』
葉が口を開こうとしたのをまるで分かっていたかのように、晴興が話しかけてくる。
『は…はいっ』
思わず声が裏返った。
『ヒロインはどっちを選ぶんですかね?』
そう問いかけてから、晴興が葉の顔を見つめる。真剣な顔だった。
『…えと』
映画のことだとは分かっている。
原作では、ヒロインはどちらかを選ぶことなく、どちらの愛も受け入れずに、病死する。けれど、映画版の煽り文句ではヒロインは二人のうち、どちらかを選ぶというふれこみだった。ネットでは随分と話題になって、原作至上主義のファンからは非難が殺到。炎上寸前の論争になっていたのだが、大半の意見では幼馴染が優勢だった。
それはきっと、晴興も知っているだろう。
『どっち…だろ』
分かっていて、葉に聞いている晴興がどんな気持ちなのか、葉にはわからなかった。
『ヒロインがどっちを選んでも…』
ぴんぽん。
晴興の言葉を遮るように、LINEの通知音がなった。
そんな葉の不思議そうな表情に笑みを濃くして、晴興が訪ねる。またしても、葉には文脈がよくわからない。
『え? あ。はい』
家に帰っても誰もいないことは分かっているから、葉は思わずはい。と、答えていた。今日は貴志狼が来ることは絶対にない。だから、家に一人でいるのも嫌だったのは事実だ。
『そのときに、大切な話があります』
晴興の顔は真剣そのものだった。
そう言われて、はじめて、葉ははっとなった。
もしかしたら。と、考えて、首を振る。もしかしたら、晴興は自分に気持ちを伝えるつもりなんだろうか。
映画の原作では、佳孝は気持ちをヒロインに伝えるべきか、伝えずにおくべきかとても悩む。その背景には幼馴染の潤の存在があるのだが、結局は彼女を支えられるのは自分だと決心するのだ。そのシーンの描写には佳孝の誠実さや優しさが溢れている。
勇気をもらう。
とは、映画の佳孝に勇気をもらって自分に思いを伝えようとしているのだろうか。と、葉は想像してしまった。
『あ。ほら。信号変わりましたよ?』
葉の混乱に多分、晴興は気付いている。けれど、彼は何も言わなかった。葉に考える時間を与えてくれていたのだ。けれど、余裕のない葉がそれに気付いたのは随分後になってからだった。
『…はい』
このまま、一緒にいていいのだろうか。
足を引きずって、歩きながら、葉は思う。
葉は映画のヒロインのように不治の病に侵されているわけではない。けれど、伴侶をつくる気などなかった。
脚が不自由になっても自分自身は大きな問題だとは思っていない。歩けないわけでもないし、大抵のことは一人でできる。けれど、一生を共にしていく人にとって、それが少しでも負担になってしまうなら、一人でいたい。小さな負担でも重なることで致命的な亀裂になってしまうこともあるからだ。
自分の足のことを煩わしいと思われるのが怖い。だから、伴侶は要らない。ただ、もし。もしも、伴侶を選ぶことができるとしたら、それは、きっと、晴興ではないだろう。
だから、晴興が本当に葉に告白を考えているのだとしたら、それを受け入れることはできないし、できれば、そうなる前にそんな気がないことを伝えるのが誠実さだと思う。
言わないと。
間違っていたら恥ずかしいことこの上ない。晴興のような完璧な男性から好かれているなんて、勘違いで想像していたなら、本当に大馬鹿だ。けれど、それならその方がいいとすら思えた。
『葉さん』
葉が口を開こうとしたのをまるで分かっていたかのように、晴興が話しかけてくる。
『は…はいっ』
思わず声が裏返った。
『ヒロインはどっちを選ぶんですかね?』
そう問いかけてから、晴興が葉の顔を見つめる。真剣な顔だった。
『…えと』
映画のことだとは分かっている。
原作では、ヒロインはどちらかを選ぶことなく、どちらの愛も受け入れずに、病死する。けれど、映画版の煽り文句ではヒロインは二人のうち、どちらかを選ぶというふれこみだった。ネットでは随分と話題になって、原作至上主義のファンからは非難が殺到。炎上寸前の論争になっていたのだが、大半の意見では幼馴染が優勢だった。
それはきっと、晴興も知っているだろう。
『どっち…だろ』
分かっていて、葉に聞いている晴興がどんな気持ちなのか、葉にはわからなかった。
『ヒロインがどっちを選んでも…』
ぴんぽん。
晴興の言葉を遮るように、LINEの通知音がなった。
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