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番外編 番犬と十七夜
なんで僕が好きなんですか 1
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ランチを終えて外に出ると、ちらちらと、雪が舞っていた。手を広げてその一片を受け止める。けれど、それは、ほんの一瞬だけ小さな小さな水たまりを作って、すぐに消えた。
『降り始めましたね』
晴興が微笑む。優しい笑顔だ。きっと、彼に大切にされる人は幸せになれると、確信できるような包容力を感じる。そう思ってから、それは、もしかしたら、自分になるのだろうかと、想像してみたのだが、全く実感はわかない。遠い世界の物語のようだった。
『寒くないですか?』
傘を差そうと、手をかけた晴興の手を止めさせて、葉は首を振った。傘は要らないと意思表示だ。
ひらひら。と、舞う程度の雪だったし、その中を歩きたかった。
『濡れるほどじゃないですよ。道渡るだけだし、このまま』
ランチをとったカフェは大きな道路を挟んでシネコンの真向かいだ。いくら葉の足では走って渡ることができないといっても、濡れるほどではない。
一瞬、少しだけ心配そうな表情をして、それでも、何も言わずに晴興は傘を開くのをやめた。それから、そっと、葉の背中に手を置いて、行こう。と、言うように促される。
どれ一つとっても、晴興の態度は紳士そのものだ。
すべてにおいて葉を優先して、気遣って、反応を見て、強要はせず、それでいて自分の主張もこちらが不快にならないように告げてくれる。
大人なのだと思う。
たしか、30代前半のはずなのだが、外見はともかく人間性は確実に実年齢より落ち着いている。大人で、顔も性格も体格も収入も学歴も何一つ申し分ない人物だ。だから、どうして、こんな人物が自分に固執しているのか、葉にはわからなかった。
最初から女性に興味がない人なのだとしても、なにもさびれたお茶屋の、足の不自由な、しかも年齢だって若いわけでもない葉を選ぶ必然性なんて、目の前の完璧な男性には何もないのだ。
『あの』
舞い落ちる雪が晴興の肩に触れて消える。それをぼーっ。と、眺めながら葉は口を開いた。
『どうして、僕を誘ってくれたんですか?』
もっと、他に聞き方があったかもしれない。けれど、そこそこいろいろ考えた末に口から出たのは凡庸すぎる問いだった。それでも、”なんで僕のことが好きなんですか?”と、聞くよりはマシではないかと、葉は思っていた。
『この映画の原作。読みました?』
逆に問いかけられて、葉は頷くだけで答える。
治らない病を抱える一人の女性が、余命宣告を受けてから二人の男性に思いを告げられて、悩みながらも最期の時を輝かしく生きるという内容の恋愛小説だ。原作は彼女を支えたいと願う男性二人の心情が丁寧に描写されていて、女性はもちろん男性にも人気がある。
菫がカウンターの端で読んで、涙ぐんでいるのを見て、貸してもらって読んだ。
『自分は佳孝に自分に似たものを感じました』
佳孝は、ヒロインに恋する二人の男性のうちの一人。ヒロインの同僚だ。誠実で、善良で、真面目で、優しくて、誰にでも好かれるような人物だ。
もう一人の男性、潤はヒロインの幼馴染だった。不愛想な一匹狼で、成人してからはヒロインを避けていたが、それも、父親の残した借金の返済に彼女を巻き込みたくなかったからだと、後にわかる。
『彼の行動に勇気をもらいました。だから、もう一度、勇気をもらいたいと思って』
晴興の言いたいことがよくわからずに、葉は首を傾げて、彼を見つめた。主人公に自分を重ねて、勇気をもらった。と、今日自分をここに連れてきたことに関連性が見えない。
『降り始めましたね』
晴興が微笑む。優しい笑顔だ。きっと、彼に大切にされる人は幸せになれると、確信できるような包容力を感じる。そう思ってから、それは、もしかしたら、自分になるのだろうかと、想像してみたのだが、全く実感はわかない。遠い世界の物語のようだった。
『寒くないですか?』
傘を差そうと、手をかけた晴興の手を止めさせて、葉は首を振った。傘は要らないと意思表示だ。
ひらひら。と、舞う程度の雪だったし、その中を歩きたかった。
『濡れるほどじゃないですよ。道渡るだけだし、このまま』
ランチをとったカフェは大きな道路を挟んでシネコンの真向かいだ。いくら葉の足では走って渡ることができないといっても、濡れるほどではない。
一瞬、少しだけ心配そうな表情をして、それでも、何も言わずに晴興は傘を開くのをやめた。それから、そっと、葉の背中に手を置いて、行こう。と、言うように促される。
どれ一つとっても、晴興の態度は紳士そのものだ。
すべてにおいて葉を優先して、気遣って、反応を見て、強要はせず、それでいて自分の主張もこちらが不快にならないように告げてくれる。
大人なのだと思う。
たしか、30代前半のはずなのだが、外見はともかく人間性は確実に実年齢より落ち着いている。大人で、顔も性格も体格も収入も学歴も何一つ申し分ない人物だ。だから、どうして、こんな人物が自分に固執しているのか、葉にはわからなかった。
最初から女性に興味がない人なのだとしても、なにもさびれたお茶屋の、足の不自由な、しかも年齢だって若いわけでもない葉を選ぶ必然性なんて、目の前の完璧な男性には何もないのだ。
『あの』
舞い落ちる雪が晴興の肩に触れて消える。それをぼーっ。と、眺めながら葉は口を開いた。
『どうして、僕を誘ってくれたんですか?』
もっと、他に聞き方があったかもしれない。けれど、そこそこいろいろ考えた末に口から出たのは凡庸すぎる問いだった。それでも、”なんで僕のことが好きなんですか?”と、聞くよりはマシではないかと、葉は思っていた。
『この映画の原作。読みました?』
逆に問いかけられて、葉は頷くだけで答える。
治らない病を抱える一人の女性が、余命宣告を受けてから二人の男性に思いを告げられて、悩みながらも最期の時を輝かしく生きるという内容の恋愛小説だ。原作は彼女を支えたいと願う男性二人の心情が丁寧に描写されていて、女性はもちろん男性にも人気がある。
菫がカウンターの端で読んで、涙ぐんでいるのを見て、貸してもらって読んだ。
『自分は佳孝に自分に似たものを感じました』
佳孝は、ヒロインに恋する二人の男性のうちの一人。ヒロインの同僚だ。誠実で、善良で、真面目で、優しくて、誰にでも好かれるような人物だ。
もう一人の男性、潤はヒロインの幼馴染だった。不愛想な一匹狼で、成人してからはヒロインを避けていたが、それも、父親の残した借金の返済に彼女を巻き込みたくなかったからだと、後にわかる。
『彼の行動に勇気をもらいました。だから、もう一度、勇気をもらいたいと思って』
晴興の言いたいことがよくわからずに、葉は首を傾げて、彼を見つめた。主人公に自分を重ねて、勇気をもらった。と、今日自分をここに連れてきたことに関連性が見えない。
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