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番外編 番犬と十七夜
猫(又)カフェにて 2
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『ヤバいっすよ。どうしたらいいですか?』
貴志狼は翔悟に限らす下のものの面倒見がいいらしい。らしい。というのは、葉が組のことに興味を持つのを貴志狼が嫌がるから、聞いた話を総合するしかないからだ。
正直それも気に入らない。
葉のことで貴志狼が知らないことなんて殆どない。ずっと、一緒だったし、葉は自分のことを貴志狼に知っていてほしかった。
それなのに、貴志狼はいつも仏頂面で何も話してはくれない。昔は違った。子供の頃の二人は大の仲良しで、何でも話して、いつも二人で笑い転げて遊んでいた。
それが、変わったのがいつからかなんて、考えるまでもない。葉の足がこんなふうになってしまってからだ。口には出さないけれど、貴志狼は葉の足が不自由になったのは自分のせいだと思っている。だから、いつも一緒にいてくれたし、困ったときは助けてくれた。
でも、貴志狼は笑わない。
でも、貴志狼は大事なことは何も言ってくれない。
葉の本当の願いに気付いてはくれない。
『葉さぁん。助けてくださいよぉ』
情けない声を上げて泣きそうな顔をする翔悟を無視して、葉は大きくため息をついて、思い通りにならなくなってしまった足を見つめた。
そこには黒くて太い鎖が幾重にも巻き付いている。葉にもそれはしっかりと見えている。その先がどこに繋がっているかもよく理解している。
葉? どうしたにゃ?
カウンターの上を歩いてきて、すり。と、柔らかな身体を擦り寄せて緑が言う。
彼女は先代の店主の飼い猫でここの主だ。おそらく40歳は軽く超えている。もちろん、葉よりも年上だ。その慧眼には何も隠すことはできない。【緑風堂】の名前の由来は彼女らしい。以前は違う名前だったのだと、葉の叔父である店主が言っていた。
足が痛むにゃ?
気遣いに首を横に振る。
正直な話、確かに足が不自由なことは不便なことは多い。けれど、それは、この鎖のせいではない。この鎖がなくても、葉の足は動かないし、葉は何処にも行かない。
行けないのではなく、行かない。ここにいるのは葉の意志だ。
もちろん、この鎖が繋がった相手以外を自分の心の中に入れないことも、葉の意志だ。
葉。泣いちゃやだにゃ。
カウンターの上を紅が突進してくる。彼女は3人の中では一番若いが、葉よりも年上で、ここ数年でこの店に来た。
シロちゃんはずっといなくなったりしないにゃ。だから、泣いちゃダメにゃ。
子供のような話し方に反して、おそらくは紅は一番人間の感情に敏感だ。紅曰く、感情が匂いでわかるらしい。
だから、葉の思いも、彼女にはわかってしまっているのかもしれない。
自分がいなければ、貴志狼が自由でいられるのではないかと。そうすれば、貴志狼は昔のように笑えるようになるのではないかと。けれど、葉が手を放してしまえば、それで二人の関係は終わりになってしまうのではないかと。
そうやって、悩んでばかりで、思春期の頃にはもう自覚していた気持ちを打ち明けることができないでいるということも、紅には全部お見通しなのだろう。
もっと、強気ににゃりなさい。
カウンター脇の書棚から、声が飛んでくる。紺は、言い方は冷たいけれど、三人の中で一番優しい。行くところがなくて途方に暮れていた紅を見つけて連れてきたのは紺だ。
同性同士がにゃんだというのにゃ。そんなこと気にするにゃんて、じじいみたいにゃ。
葉だって、本当は強気になれるならなりたい。
もし、貴志狼が笑顔になってくれるのだとしたら、その相手は自分であってほしい。最悪、友人としてでも構わない。貴志狼は東日本最大級の組織の跡取りと誰もが認識している男だ。男の葉が伴侶として選ばれていい相手ではない。
実際、貴志狼はあの強面に反してモテる。しかも、相手は大抵は派手めで、気が強い女だ。貴志狼が、何を置いても葉を優先するものだから、”一人占めするな”と何人の女に嫌がらせをされたか数えたらきりがない。
別に嫌がらせ自体は気に留めたことなどない。中学時代は靴を隠されたり、机に牛乳ぶちまけられたり、不幸の手紙を送られたり。高校時代はSNSで売りやってるとか誹謗中傷されたり、階段から突き落とされたり、ストーカーに住所バラされたりしたけれど、冷静に対処できた。度が過ぎると貴志狼がかわりに怒ってくれたら、それだけでどうでもよくなった。
貴志狼を一人占めできるなら、そのくらいはどうでもよかったのだ。それでも、一緒にいたかった。
一緒にいられると思っていた。
貴志狼は翔悟に限らす下のものの面倒見がいいらしい。らしい。というのは、葉が組のことに興味を持つのを貴志狼が嫌がるから、聞いた話を総合するしかないからだ。
正直それも気に入らない。
葉のことで貴志狼が知らないことなんて殆どない。ずっと、一緒だったし、葉は自分のことを貴志狼に知っていてほしかった。
それなのに、貴志狼はいつも仏頂面で何も話してはくれない。昔は違った。子供の頃の二人は大の仲良しで、何でも話して、いつも二人で笑い転げて遊んでいた。
それが、変わったのがいつからかなんて、考えるまでもない。葉の足がこんなふうになってしまってからだ。口には出さないけれど、貴志狼は葉の足が不自由になったのは自分のせいだと思っている。だから、いつも一緒にいてくれたし、困ったときは助けてくれた。
でも、貴志狼は笑わない。
でも、貴志狼は大事なことは何も言ってくれない。
葉の本当の願いに気付いてはくれない。
『葉さぁん。助けてくださいよぉ』
情けない声を上げて泣きそうな顔をする翔悟を無視して、葉は大きくため息をついて、思い通りにならなくなってしまった足を見つめた。
そこには黒くて太い鎖が幾重にも巻き付いている。葉にもそれはしっかりと見えている。その先がどこに繋がっているかもよく理解している。
葉? どうしたにゃ?
カウンターの上を歩いてきて、すり。と、柔らかな身体を擦り寄せて緑が言う。
彼女は先代の店主の飼い猫でここの主だ。おそらく40歳は軽く超えている。もちろん、葉よりも年上だ。その慧眼には何も隠すことはできない。【緑風堂】の名前の由来は彼女らしい。以前は違う名前だったのだと、葉の叔父である店主が言っていた。
足が痛むにゃ?
気遣いに首を横に振る。
正直な話、確かに足が不自由なことは不便なことは多い。けれど、それは、この鎖のせいではない。この鎖がなくても、葉の足は動かないし、葉は何処にも行かない。
行けないのではなく、行かない。ここにいるのは葉の意志だ。
もちろん、この鎖が繋がった相手以外を自分の心の中に入れないことも、葉の意志だ。
葉。泣いちゃやだにゃ。
カウンターの上を紅が突進してくる。彼女は3人の中では一番若いが、葉よりも年上で、ここ数年でこの店に来た。
シロちゃんはずっといなくなったりしないにゃ。だから、泣いちゃダメにゃ。
子供のような話し方に反して、おそらくは紅は一番人間の感情に敏感だ。紅曰く、感情が匂いでわかるらしい。
だから、葉の思いも、彼女にはわかってしまっているのかもしれない。
自分がいなければ、貴志狼が自由でいられるのではないかと。そうすれば、貴志狼は昔のように笑えるようになるのではないかと。けれど、葉が手を放してしまえば、それで二人の関係は終わりになってしまうのではないかと。
そうやって、悩んでばかりで、思春期の頃にはもう自覚していた気持ちを打ち明けることができないでいるということも、紅には全部お見通しなのだろう。
もっと、強気ににゃりなさい。
カウンター脇の書棚から、声が飛んでくる。紺は、言い方は冷たいけれど、三人の中で一番優しい。行くところがなくて途方に暮れていた紅を見つけて連れてきたのは紺だ。
同性同士がにゃんだというのにゃ。そんなこと気にするにゃんて、じじいみたいにゃ。
葉だって、本当は強気になれるならなりたい。
もし、貴志狼が笑顔になってくれるのだとしたら、その相手は自分であってほしい。最悪、友人としてでも構わない。貴志狼は東日本最大級の組織の跡取りと誰もが認識している男だ。男の葉が伴侶として選ばれていい相手ではない。
実際、貴志狼はあの強面に反してモテる。しかも、相手は大抵は派手めで、気が強い女だ。貴志狼が、何を置いても葉を優先するものだから、”一人占めするな”と何人の女に嫌がらせをされたか数えたらきりがない。
別に嫌がらせ自体は気に留めたことなどない。中学時代は靴を隠されたり、机に牛乳ぶちまけられたり、不幸の手紙を送られたり。高校時代はSNSで売りやってるとか誹謗中傷されたり、階段から突き落とされたり、ストーカーに住所バラされたりしたけれど、冷静に対処できた。度が過ぎると貴志狼がかわりに怒ってくれたら、それだけでどうでもよくなった。
貴志狼を一人占めできるなら、そのくらいはどうでもよかったのだ。それでも、一緒にいたかった。
一緒にいられると思っていた。
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