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番外編 番犬と十七夜
番犬の本分 4
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『そうなんですか。いいですね。僕も見に行きたいな』
笑顔で葉が話している。その顔の向く先に晴興。そんな顔を葉はあまり見せない。
『じゃあ。一緒に行きませんか?』
内容はよく聞いてはいなかったけれど、映画の話らしい。この街には大きな映画館がないから、多分、隣の少し大きな街の最近できたばかりのシネコンに誘われているんだろう。
『そうだな。でも。僕はこうだから』
ぽん。と、脚を叩いてから、葉が笑う。
きっと、晴興に遠慮しているんだろう。以前、貴志狼が、葉を映画に連れて行ったとき、見た目には足が不自由に見えない葉が、少し薄暗い座席につくのに随分と苦労した。彼が、足が不自由ですと、係員に言えなかったのが意地なのか、本当に大丈夫と思ったのか、貴志狼にはわからない。ただ、そのとき、葉を抱きかかえて座席まで連れて行ってやったら、あとで口をきいてくれないくらいに怒られた。
そんな思いはしたくないんだろう。
『大丈夫ですよ。車出しますから。ちゃんと送り迎えもします』
けれど、晴興は引き下がらなかった。きっと、晴興なら抱きかかえるなんて野暮な真似はせず、はじめから葉を危険のない場所にスマートに案内するだろうと、貴志狼にも想像がついた。
『や。でも…』
呟いて、葉が貴志狼の顔に視線を寄越す。
『俺に任せてくれませんか?』
晴興がそっとカウンターに置いた葉の手を握る。
貴志狼は腹の中に何かが湧き上がってきた気がしていた。同時に、それでも、手を引いて逃れることはしない葉の姿に心を決めた。
『行ってくりゃいいじゃねえか』
晴興ならきっと、葉を大切にするだろう。男性同士ということで辛い思いをしたりはするかもしれないけれど、守れるくらいの強さが晴興にはある。社会的にも、精神的にも。
大人で、堅い仕事で、頭も容姿も合格点。性格も悪くない。なにより、葉を本当に大切に思っているのがわかる。葉の気持ちを優先してくれるのがわかる。少なくとも、反社会的な仕事な上に、粗野で、粗暴で、口が悪くて、愛想笑い一つできない貴志狼と一緒にいるよりはいいだろう。
『…それで、いいの?』
一瞬、怒ったような顔になって、それから、悲しそうな顔をして、最後に真剣な顔をして、葉が言う。
『いいんじゃねえの? 映画。見たかったんだろ?』
なにより。自分はただの犬だ。葉を守る番犬だ。葉の幸せを一番に考えるのが犬の務めだろう。
貴志狼は思う。
だから、貴志狼が目を逸らしたのは、葉が誰かと幸せになるのが嫌だからではなくて、自分の隠しきれない気持ちを悟られないためだ。
『そか。わかった。うん。じゃ。行ってくる。丸山さん。よろしくお願いします』
元の明るいいつも通りの声に戻って、葉が言った。それから、明らかに楽し気にトーンの上がった晴興との会話は続いた。
これでいいと、貴志狼は自分に言い聞かせる。
葉の番犬になりたいと望んだのは自分で、番犬は馬鹿正直に主人を守っていればいい。葉が幸せであれるように。
それが、番犬の務めだろ?
声に出さずに貴志狼は呟いた。
笑顔で葉が話している。その顔の向く先に晴興。そんな顔を葉はあまり見せない。
『じゃあ。一緒に行きませんか?』
内容はよく聞いてはいなかったけれど、映画の話らしい。この街には大きな映画館がないから、多分、隣の少し大きな街の最近できたばかりのシネコンに誘われているんだろう。
『そうだな。でも。僕はこうだから』
ぽん。と、脚を叩いてから、葉が笑う。
きっと、晴興に遠慮しているんだろう。以前、貴志狼が、葉を映画に連れて行ったとき、見た目には足が不自由に見えない葉が、少し薄暗い座席につくのに随分と苦労した。彼が、足が不自由ですと、係員に言えなかったのが意地なのか、本当に大丈夫と思ったのか、貴志狼にはわからない。ただ、そのとき、葉を抱きかかえて座席まで連れて行ってやったら、あとで口をきいてくれないくらいに怒られた。
そんな思いはしたくないんだろう。
『大丈夫ですよ。車出しますから。ちゃんと送り迎えもします』
けれど、晴興は引き下がらなかった。きっと、晴興なら抱きかかえるなんて野暮な真似はせず、はじめから葉を危険のない場所にスマートに案内するだろうと、貴志狼にも想像がついた。
『や。でも…』
呟いて、葉が貴志狼の顔に視線を寄越す。
『俺に任せてくれませんか?』
晴興がそっとカウンターに置いた葉の手を握る。
貴志狼は腹の中に何かが湧き上がってきた気がしていた。同時に、それでも、手を引いて逃れることはしない葉の姿に心を決めた。
『行ってくりゃいいじゃねえか』
晴興ならきっと、葉を大切にするだろう。男性同士ということで辛い思いをしたりはするかもしれないけれど、守れるくらいの強さが晴興にはある。社会的にも、精神的にも。
大人で、堅い仕事で、頭も容姿も合格点。性格も悪くない。なにより、葉を本当に大切に思っているのがわかる。葉の気持ちを優先してくれるのがわかる。少なくとも、反社会的な仕事な上に、粗野で、粗暴で、口が悪くて、愛想笑い一つできない貴志狼と一緒にいるよりはいいだろう。
『…それで、いいの?』
一瞬、怒ったような顔になって、それから、悲しそうな顔をして、最後に真剣な顔をして、葉が言う。
『いいんじゃねえの? 映画。見たかったんだろ?』
なにより。自分はただの犬だ。葉を守る番犬だ。葉の幸せを一番に考えるのが犬の務めだろう。
貴志狼は思う。
だから、貴志狼が目を逸らしたのは、葉が誰かと幸せになるのが嫌だからではなくて、自分の隠しきれない気持ちを悟られないためだ。
『そか。わかった。うん。じゃ。行ってくる。丸山さん。よろしくお願いします』
元の明るいいつも通りの声に戻って、葉が言った。それから、明らかに楽し気にトーンの上がった晴興との会話は続いた。
これでいいと、貴志狼は自分に言い聞かせる。
葉の番犬になりたいと望んだのは自分で、番犬は馬鹿正直に主人を守っていればいい。葉が幸せであれるように。
それが、番犬の務めだろ?
声に出さずに貴志狼は呟いた。
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