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番外編 番犬と十七夜
番犬の本分 2
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葉と、貴志狼は幼馴染だ。母同士が仲が良く、見てくれ通りの家業の川和一家にも全く偏見を持たずに接していたから、その子供同士の貴志狼と葉も子供の頃からいつも一緒に遊ぶ仲だった。
幼いころから丈夫でデカいことだけが取り柄だった貴志狼と対照的に、葉は身体も小さかったけれど、病気一つしたことのない健康優良児で、気に食わないことがあると上級生相手でも喧嘩を売るような気の強い子供だった。見た目は正反対の二人だけれど、気が合っていつも一緒に遊んでいた。そして、幼い貴志狼は葉が誰よりも大切な親友だと思っていた。
けれど、それを変えてしまったのは、貴志狼自身だった。
貴志狼を庇って葉が事故にあったのは、小学校の4年生の時だった。二人に向かって突っ込んできた無人の軽自動車から、貴志狼を突き飛ばして助けたのは葉だ。
それが事故だったのか、そうではなかったのか、結局は分からない。けれど、坂でもない場所で無人の車が突っ込んでくるなんて普通に考えてないだろう。当時、組織のかなりの位置にいた祖父が大きな抗争の真っただ中にいたことから、そういうことなのだろうと、暗黙の了解として皆が思っていた。
そんなくだらないことに、葉を巻き込んでしまった。
母は、葉の手術が終わるのを待つ両親に土下座をして謝っていた。その隣で貴志狼も泣きながら何度も何度も謝った。どうか、無事でいてほしいと、泣きながら願うことしかできなかった。
けれど、葉の家族は誰も、貴志狼の家族を責めることはしなかったし、貴志狼の願いを神が受け入れてくれることもなかった。葉の足は致命的な損傷を受けて、リハビリをしても元通りになることはなかった。
だから、貴志狼は、決めたのだ。
葉の足の代わりになる。と。
その後、公立だった中学はともかく、高校も葉と同じところを選んだ。正直、葉の成績に追いつくのはかなりの苦労を要したけれど、それでも、そばにいて何でもしてやりたかった。部活も、バイトも。スポーツや、恋愛や、できるはずだったものを、その足のせいで諦めている葉になんでもいいから、償いたかった。
番犬。と、貴志狼を揶揄するヤツらもいたけれど、それでも構わなかった。
全身傷だらけになりながら、貴志狼の身を案じて自分は大丈夫だと笑った葉を一生かけて守るれるなら、犬だと言われてもいいと思っていた。いや、むしろ犬でいることが彼の望みだった。
『シロ? どした?』
シロなんて、呼び方、絶対に葉以外に許すことはない。家族だとしてもだ。
貴志狼は思う。
葉だから、そう呼ばれるのも悪くはない。
『ああ。すぐ行く』
店に戻ると、カウンターの貴志狼が座っていた席の隣には、背の高い男性が座っていた。たしか、近くの法律事務所で働く弁護士だと、貴志狼は記憶している。どこからどうみてもエリート。仕立てのいいスーツにいつもきっちりとアイロンのかかったシャツ。磨かれた靴。某有名大学卒業で、容姿も抜群。何一つあらを探すこともできない男だ。
『ああ。川和さん来てたんですね』
それは、こっちのセリフだ。と、貴志狼は心の中で舌打ちした。
人当たりも、口調も、容姿も、何一つ問題ないだろうこの男が、貴志狼は苦手だった。いや、言ってしまえば嫌いだった。
『どうも。丸山さん。でしたっけ?』
丸山晴興。名前を憶えていないわけではなかったけれど、わざと貴志狼は言った。
『弁護士って暇なんすか? いつ来てもいますよね』
この男に会うと、つい、嫌味を言ってしまう。
貴志狼は思う。
理由も分かってはいた。
『そうですね。暇ではないですが…葉さんに会うためなら時間はいくらでも作ります』
これが理由だ。
晴興は、葉に好意を持っている。
もちろん、葉が男だということも理解したうえで。だ。
そういう性癖なのか、葉だからなのかはわからない。ただ、冗談というわけでもなく、本気で葉を落としにかかっているのは分かる。
晴興は誠実に、真摯に、時間をかけて、葉の信頼を勝ち取ろうとしてる。それが、言動に透けて見える。
『川和さんだって同じでしょう?』
そう言われて、貴志狼は片眉を上げた。
貴志狼がそうであるように、晴興も、貴志狼にいい感情を抱いてはいない。それも、貴志狼には手に取るようにわかる。
同類だと分かっているのだろう。
『シロ。丸山さんに絡まない』
窘めるように葉が言う。
どうして、俺の方が窘められないといけないんだ?
と、貴志狼は思うけれど、晴興の前で葉と言い争いはしたくない。だから、ため息をついて、貴志狼は、自分の席に座った。
幼いころから丈夫でデカいことだけが取り柄だった貴志狼と対照的に、葉は身体も小さかったけれど、病気一つしたことのない健康優良児で、気に食わないことがあると上級生相手でも喧嘩を売るような気の強い子供だった。見た目は正反対の二人だけれど、気が合っていつも一緒に遊んでいた。そして、幼い貴志狼は葉が誰よりも大切な親友だと思っていた。
けれど、それを変えてしまったのは、貴志狼自身だった。
貴志狼を庇って葉が事故にあったのは、小学校の4年生の時だった。二人に向かって突っ込んできた無人の軽自動車から、貴志狼を突き飛ばして助けたのは葉だ。
それが事故だったのか、そうではなかったのか、結局は分からない。けれど、坂でもない場所で無人の車が突っ込んでくるなんて普通に考えてないだろう。当時、組織のかなりの位置にいた祖父が大きな抗争の真っただ中にいたことから、そういうことなのだろうと、暗黙の了解として皆が思っていた。
そんなくだらないことに、葉を巻き込んでしまった。
母は、葉の手術が終わるのを待つ両親に土下座をして謝っていた。その隣で貴志狼も泣きながら何度も何度も謝った。どうか、無事でいてほしいと、泣きながら願うことしかできなかった。
けれど、葉の家族は誰も、貴志狼の家族を責めることはしなかったし、貴志狼の願いを神が受け入れてくれることもなかった。葉の足は致命的な損傷を受けて、リハビリをしても元通りになることはなかった。
だから、貴志狼は、決めたのだ。
葉の足の代わりになる。と。
その後、公立だった中学はともかく、高校も葉と同じところを選んだ。正直、葉の成績に追いつくのはかなりの苦労を要したけれど、それでも、そばにいて何でもしてやりたかった。部活も、バイトも。スポーツや、恋愛や、できるはずだったものを、その足のせいで諦めている葉になんでもいいから、償いたかった。
番犬。と、貴志狼を揶揄するヤツらもいたけれど、それでも構わなかった。
全身傷だらけになりながら、貴志狼の身を案じて自分は大丈夫だと笑った葉を一生かけて守るれるなら、犬だと言われてもいいと思っていた。いや、むしろ犬でいることが彼の望みだった。
『シロ? どした?』
シロなんて、呼び方、絶対に葉以外に許すことはない。家族だとしてもだ。
貴志狼は思う。
葉だから、そう呼ばれるのも悪くはない。
『ああ。すぐ行く』
店に戻ると、カウンターの貴志狼が座っていた席の隣には、背の高い男性が座っていた。たしか、近くの法律事務所で働く弁護士だと、貴志狼は記憶している。どこからどうみてもエリート。仕立てのいいスーツにいつもきっちりとアイロンのかかったシャツ。磨かれた靴。某有名大学卒業で、容姿も抜群。何一つあらを探すこともできない男だ。
『ああ。川和さん来てたんですね』
それは、こっちのセリフだ。と、貴志狼は心の中で舌打ちした。
人当たりも、口調も、容姿も、何一つ問題ないだろうこの男が、貴志狼は苦手だった。いや、言ってしまえば嫌いだった。
『どうも。丸山さん。でしたっけ?』
丸山晴興。名前を憶えていないわけではなかったけれど、わざと貴志狼は言った。
『弁護士って暇なんすか? いつ来てもいますよね』
この男に会うと、つい、嫌味を言ってしまう。
貴志狼は思う。
理由も分かってはいた。
『そうですね。暇ではないですが…葉さんに会うためなら時間はいくらでも作ります』
これが理由だ。
晴興は、葉に好意を持っている。
もちろん、葉が男だということも理解したうえで。だ。
そういう性癖なのか、葉だからなのかはわからない。ただ、冗談というわけでもなく、本気で葉を落としにかかっているのは分かる。
晴興は誠実に、真摯に、時間をかけて、葉の信頼を勝ち取ろうとしてる。それが、言動に透けて見える。
『川和さんだって同じでしょう?』
そう言われて、貴志狼は片眉を上げた。
貴志狼がそうであるように、晴興も、貴志狼にいい感情を抱いてはいない。それも、貴志狼には手に取るようにわかる。
同類だと分かっているのだろう。
『シロ。丸山さんに絡まない』
窘めるように葉が言う。
どうして、俺の方が窘められないといけないんだ?
と、貴志狼は思うけれど、晴興の前で葉と言い争いはしたくない。だから、ため息をついて、貴志狼は、自分の席に座った。
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