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番外編 番犬と十七夜
意図しない言葉 2
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現実と、そうでないものを見分ける基準が酷く曖昧になっているという事実を再確認してしまっことに、ため息が漏れる。
最近、ほかの人に見えないモノが以前よりも鮮明に見えるようになっている。今日は眼鏡をかけていなかったから、もう、本物と全く遜色がないくらいにリアルに見えた。もし、眼鏡をかけていても、ぼんやりと見えるくらいにはなっているだろう。さらに言えば、相性がいい。または、そんなものが存在するのかは謎なのだが、それの(物理的ではなく想い?の)強さのようなものが強ければ、眼鏡越しでもすぐにそれとわかるほどに見えるようになっている。
理由は分からない。
けれど、菫にはそれがいい傾向だとは思えなかった。
こんなふうに見なくていいものまで見てしまうから。
多分、葉は、あの男性も、あの鎖を意識しているかどうかは別として、そんなものが存在しているとしたら、気分がいいわけがないし、他人に不躾に見られたいとは思わないだろう。自分なら見られるのは嫌だと、菫は思う。
それにしても。
あの鎖は何なのだろうか。
不躾に見られたくはないだろうと、想像しておきながら、菫は考えずにはいられなかった。簡単に言うと、二人が心配だった。
どう見ても、二人の関係は良好に見えた。
葉は素直に我儘を言えているし、あの男性は葉を気遣っていた。すごく気安い間柄なんだろうと想像に難くない。
それなのに、あの鎖の硬く重く強い印象は何だろう。
池ちゃんは心配性にゃ。
腕の中の紅はぺろり。と、顎を舐めてから言った。言った。かどうかは、深く考えないことにする。
御心配には及びません。あれが、あの二人の普通なのですにゃ。
今度は、緑がその身体を擦り寄せて言う。
ちょっかいだすと、馬に蹴られるにゃよ。
ぱたぱた。と、しっぱで本棚を叩きながら、紺はじっと菫を見ていた。
その声が、本当に彼女たちの声なのか、それとも葉たちの様子を見た自分の心が聞かせる幻聴なのかはわからない。けれど、なんとなく信じてみようと、菫は思う。大好きな猫たちのお告げ(?)なのだから、きっと悪いことになるはずがない。
大体にして、あの鎖は昨日や今日現れたものではない。少なくとも菫が通い始めた頃には存在していた。だったら、もう少し様子を見てもすぐに悪化するような心配はないだろう。葉が体調を崩して店を休むことは珍しくないし、鈴も葉の身体が丈夫でないのは子供の頃の事故が原因だと言っていた。
重そうに引きずる足だって、原因は事故でたまたま見える場所がかぶっているだけなのだ。その証拠に同じ鎖でも、もう一人の男性には全く問題はなさそうだ。
だから、葉の不調はあの呪いが影響しているわけではない。
と。思ってから、菫は背筋をぞ。と。何かが駆けるのを感じた。
呪い?
その言葉を自分が使ってしまったことに驚く。
あれ。呪いなのか?
まったく意図せず使ってしまった言葉に驚いて固まっていると、奥から足音が聞こえてきた。
『お待たせ。あれ? 池井君どうかした?』
いつもの通りの表情の葉。けれど、その顔がまっすぐに見られない。
もし、その鎖が呪いだとしたら。
もし、葉の足がああなっていること自体が呪いの産物だとしたら。
もし、呪いの方向性が葉に向かって一方通行であるがために、片方の男性には全く影響がないのだとしたら。
もし、長く悪化することなく、それでも落ち着いていたそれが、何かの切っ掛けで動き始めてしまったら。
嫌な想像が頭を駆け巡る。菫の心配を解こうとしているのか、紅と緑が身体を摺り寄せて温もりをわけてくれるけれど、指先が冷えていくのが止まらない。
『あの…風祭さん』
ごん。と、足に何かがぶつかる。いつまにか、足もとに寄ってきた紺もくるくると足の周りをまわって気を引こうとしていた。
その存在に菫が気付くとじっと、その青い瞳が菫を見てくる。まるで、何も言わないで。と、言われているようだと菫は感じた。聞こえたのではない。感じただけだ。だから、本当にそれでよかったのかはわからない。
『何でもない…です』
それでも、結局、その日、見たものを忘れることも、葉本人に伝えることも、鈴に二人のことをそれとなく聞くこともできず、家族3人なのに、6つもいただいたスイーツを完食しただけの菫だった。
最近、ほかの人に見えないモノが以前よりも鮮明に見えるようになっている。今日は眼鏡をかけていなかったから、もう、本物と全く遜色がないくらいにリアルに見えた。もし、眼鏡をかけていても、ぼんやりと見えるくらいにはなっているだろう。さらに言えば、相性がいい。または、そんなものが存在するのかは謎なのだが、それの(物理的ではなく想い?の)強さのようなものが強ければ、眼鏡越しでもすぐにそれとわかるほどに見えるようになっている。
理由は分からない。
けれど、菫にはそれがいい傾向だとは思えなかった。
こんなふうに見なくていいものまで見てしまうから。
多分、葉は、あの男性も、あの鎖を意識しているかどうかは別として、そんなものが存在しているとしたら、気分がいいわけがないし、他人に不躾に見られたいとは思わないだろう。自分なら見られるのは嫌だと、菫は思う。
それにしても。
あの鎖は何なのだろうか。
不躾に見られたくはないだろうと、想像しておきながら、菫は考えずにはいられなかった。簡単に言うと、二人が心配だった。
どう見ても、二人の関係は良好に見えた。
葉は素直に我儘を言えているし、あの男性は葉を気遣っていた。すごく気安い間柄なんだろうと想像に難くない。
それなのに、あの鎖の硬く重く強い印象は何だろう。
池ちゃんは心配性にゃ。
腕の中の紅はぺろり。と、顎を舐めてから言った。言った。かどうかは、深く考えないことにする。
御心配には及びません。あれが、あの二人の普通なのですにゃ。
今度は、緑がその身体を擦り寄せて言う。
ちょっかいだすと、馬に蹴られるにゃよ。
ぱたぱた。と、しっぱで本棚を叩きながら、紺はじっと菫を見ていた。
その声が、本当に彼女たちの声なのか、それとも葉たちの様子を見た自分の心が聞かせる幻聴なのかはわからない。けれど、なんとなく信じてみようと、菫は思う。大好きな猫たちのお告げ(?)なのだから、きっと悪いことになるはずがない。
大体にして、あの鎖は昨日や今日現れたものではない。少なくとも菫が通い始めた頃には存在していた。だったら、もう少し様子を見てもすぐに悪化するような心配はないだろう。葉が体調を崩して店を休むことは珍しくないし、鈴も葉の身体が丈夫でないのは子供の頃の事故が原因だと言っていた。
重そうに引きずる足だって、原因は事故でたまたま見える場所がかぶっているだけなのだ。その証拠に同じ鎖でも、もう一人の男性には全く問題はなさそうだ。
だから、葉の不調はあの呪いが影響しているわけではない。
と。思ってから、菫は背筋をぞ。と。何かが駆けるのを感じた。
呪い?
その言葉を自分が使ってしまったことに驚く。
あれ。呪いなのか?
まったく意図せず使ってしまった言葉に驚いて固まっていると、奥から足音が聞こえてきた。
『お待たせ。あれ? 池井君どうかした?』
いつもの通りの表情の葉。けれど、その顔がまっすぐに見られない。
もし、その鎖が呪いだとしたら。
もし、葉の足がああなっていること自体が呪いの産物だとしたら。
もし、呪いの方向性が葉に向かって一方通行であるがために、片方の男性には全く影響がないのだとしたら。
もし、長く悪化することなく、それでも落ち着いていたそれが、何かの切っ掛けで動き始めてしまったら。
嫌な想像が頭を駆け巡る。菫の心配を解こうとしているのか、紅と緑が身体を摺り寄せて温もりをわけてくれるけれど、指先が冷えていくのが止まらない。
『あの…風祭さん』
ごん。と、足に何かがぶつかる。いつまにか、足もとに寄ってきた紺もくるくると足の周りをまわって気を引こうとしていた。
その存在に菫が気付くとじっと、その青い瞳が菫を見てくる。まるで、何も言わないで。と、言われているようだと菫は感じた。聞こえたのではない。感じただけだ。だから、本当にそれでよかったのかはわからない。
『何でもない…です』
それでも、結局、その日、見たものを忘れることも、葉本人に伝えることも、鈴に二人のことをそれとなく聞くこともできず、家族3人なのに、6つもいただいたスイーツを完食しただけの菫だった。
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