真鍮とアイオライト 1

司書Y

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番外編 番犬と十七夜

意図しない言葉 1

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 二人が奥に入って行ってしまうと、菫は小さくため息をついた。
 奥に入っていく二人の後姿が、目に焼き付いている。

『池井さん。どうしました?』

 様子がおかしいのを心配したのか、鈴が顔を覗き込んでくる。相変わらずの綺麗な顔だと思う。でも、今はいつもみたいに心臓が跳ねたりしない。それどころか、指先が冷たい。

『あ。うん。大丈夫。なんでもない』

 その答えに納得はしなかっただろう。けれど、鈴はそれ以上追求はしなかった。

『俺も、着替えてきます。今日、チャリですか?』

 ことさら明るく。と、見えたのは、菫の思い過ごしかもしれない。その鈴の表情はまるで、菫を和ませようとしているようだった。

『や。今日は車。やっと、駐車場確保できたから。今日は俺が鈴君を送るよ』

 駅前の駐車場を確保できたから、菫が車通勤にしたのは、つい、数日前のことだ。自転車で通勤していたのは節約のためもあったのだけれど、田舎のベッドタウンでは自家用車がないのは死活問題だ。だから、菫も免許とボロボロの軽四だけは持っていた。
 けれど、正直な話、自転車だと雪道が不便すぎることと、こんなことがあっても、自転車だと鈴と一緒に移動することもできないというのが、自動車通勤にした理由だ。不純な動機だが、あまりに便利で最早自動車なしでは生活できなくなっている菫がいた。

『いいんですか?』

 口ではそう言いながらも、恐らく嬉しいだろうことは、表情でわかる。それから、鈴が嬉しそうにしていることが嬉しくて、菫の心の中にあった昏い思いも、少し薄まったような気がした。

『うん。いいよ。帰り支度しておいでよ』

 そう促すと、頷いて鈴は奥に入っていった。その背中をじっと見つめる。それから、菫はまた、大きく息を吐いた。
 目を閉じたり、俯いたりしたら、さっき見たもがより鮮明に頭に浮かんでしまいそうで、奥へと続く入り口の目隠しのパーテーションの白い色を焼き付けるように見つめた。
 けれど、そんな菫の思いも空しく、よみがえってくるのはさっき見た映像だ。

 葉の足に黒い鎖。それは、以前から見えていた。けれど、今日はその先が貴志狼の首元に複雑に何重にも絡まっているのが見えた。鎖も、いつもよりも鮮明にはっきりと見えた。
 だから、あの男性を見て、菫は固まってしまった。容姿もかなり強面だったとは思うけれど、正直よく覚えてはいない。
 それよりも。店内の照明を反射して鈍く光る質感。葉が足を引きずる姿も相まってひどく重く見える重量感。今にもじゃらり。と、音を立てそうな存在感。近くにいても、離れても、たとえどんな方法を使っても決して千切れたりはしないと主張するような頑強な印象。すべてが最早現実のものと遜色がないほどにリアルだった。

 ただ、葉の足は重そうに引きずられているのにも関わらず、繋がれたもう片方の男性は全く何もないように動いていた。たしか、以前あんなふうに首に鎖を蒔いたプロレスラーがいたけれど、プラスチックだとか言っていたなと、変なことを思い出す。プラスチックならともかく、本物の鎖なら重くないはずがない。しかし、彼が葉を支えに行った時もそれが重そうだとか、邪魔になっているという感じには見えなかった。
 同じ鎖なのに、影響を受けている(?)葉と、受けていない男性。どこに違いがあるのは分からない。
 どうしてなのか、考えても答えは見つからない。そう思うのだが考えずにはいられない。ただ、菫にはもう一つ気にかかることがあった。
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