真鍮とアイオライト 1

司書Y

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真鍮とアイオライト

真鍮とアイオライト 3

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 変なチンピラに絡まれた夜に買い物に行ったコンビニの前で、俺は鈴を待っていた。今日は少し暖かい。いつも通りダウンジャケットに、マフラーに、耳当てに、帽子に、手袋に、ホッカ〇ロを装備して出かけたのだが、途中で熱くなって、マフラーと、耳当ては外してしまった。
 熱いのが、陽気のせいなのか、それ以外の何かのせいなのかは、いまいち判別がつかない。っていうか、判別をつけるのはやめておく。ドツボにはまるだけだから。
 ただ、気持ちが逸って、いつもは30分ほどでつくコンビニまで20分でついた。ものすごく早足で歩いている俺を見て、近所のおじさんが、“正月太り解消かい?”と、笑って訪ねてきたので、半笑いを返して誤魔化した。

 とにかく、少し早めについてしまって、俺はそわそわ、と、居心地の悪い時間を過ごしていた。

 あー。俺本当に…鈴君のこと…なのかな。

 ぼーっと、通り過ぎる車を眺めながら思う。まだ、恥ずかしくて、心の中ですら、“その言葉”が使えない。
 自分は多分、同性愛とかいうものには、寛容なのだと思う。20代半ばにもなれば、一度くらいはそう言う嗜好の人に会うことはある。でも、どの人も人間として何も後ろ暗いことのない気持ちのいい人ばかりだった。気持ちが悪いという人も見たことがあるけれど、真剣に人を好きになっているのを気持ち悪いの一言で片づけるやつのほうが俺にとっては”気持ちが悪い”と感じた。
 だからというわけでもないのだが、自分にそう言う感情が芽生えたことには嫌悪感はない。多少の違和感はあるけれど、そもそも、女性とすら、殆ど恋愛したことがないから、何がダメなのかわからない。
 
 誰かを、好きになるなんて、いつぶりだろ?

 考えてみると、多分、中学生くらいまで遡ってしまう。図書委員の長い髪の大人しくて小さな子で、告白もできなかった。その後は付き合った人もいたけれど、本当に好きだったのか、よくわからない。
 ただ、一つ言えるのは、こんなふうにはならなかった。
 その人のことばかり考えるとか、優しい言葉が聞きたいとか、会いたいと思ってほしいとか。
 付き合っていても、自分が何かをしてあげたいとは思うけれど、何かをしてほしいと思ったことがなかったと思う。

 以前付き合った女性に、本当に私のこと好きなの? と、聞かれたことがある。好きだよ。と、答えたけれど、今同じことを聞かれたら、わからない。
 その子の顔も、もう、しっかりと思い出すことができないから。
 でも、同じことを鈴に聞かれたら。

『池井さん』

 聞きなれた声が聞こえて、俺ははっとして顔を上げた。
 いつものチェスターコートを着て、今日はしっかりマフラーもして、鈴が立っていた。コートで来ているから、バイクではないらしい。
 久々の綺麗な笑顔に心臓がもう、反応している。

『あ。お…おかえり』

 焦って、変な挨拶をしてしまった。お帰りってなんだよ。と、心の中でツッコミを入れる。けれど、鈴は訝しく思ったり、馬鹿にしたりはしなかった。

『ただいま』

 代わりに、妙に嬉しそうな顔になって言う。

『わざわざ出てきてもらってすみません。俺、家まで届けようと思ったんですけど』

 別に遠慮したわけじゃない。ましてや、鈴に来られるのが嫌だったわけでもない。
 ただ、兄ちゃんとばあちゃんが、明らかに俺の様子を窺っていたから、鈴を見世物みたいにしたくなかった。というか、某週刊〇春の記者みたいな無遠慮な好奇心に俺の繊細な心が折れそうだったから、逃げ出しただけだ。

『や。散歩もしたかったし。寝正月してたから、関節ぎしぎししてる』

 でも、もちろん、俺の家族のことは隠して、そう言うと、鈴ははは。と、笑って、持っていた紙袋を差し出した。

『これ。皆さんで、どうぞ。お土産屋さんのおばさん一押しらしいです。寒天ゼリーとメレンゲが何とかとか言ってたけど。すんません。忘れました』

 紙袋を俺に渡して、鈴は苦笑した。きっと、そのおばさんも、こんなイケメンが来たから、張り切っておススメ紹介してくれたのだろう。面倒くさそうに聞いている鈴を想像すると少し笑えた。

『ありがと』

 よかった。
 俺は思う。
 思ったよりずっと落ち着いて鈴と話せる。実は、久しぶりに顔を見たら心臓止まるんじゃないかと、密かに心配していた。
 でも、心臓はばくばくいってはいるけれど、ちゃんと意味のある受け答えができて安心した。これなら、友達でいられる。
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