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夜が暗いから
夜が暗いから 2
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『…そんなふうに、思われてたんだ』
ぼそり。と、鈴が呟いた。言葉は俺にはよく聞き取れなかった。
『池井さん』
腕を掴まれた。
それだけで、心臓が跳ねる。
『え? あ。なに?』
でも、顔は見られない。見るのが怖い。あの、青い目で見られたら、全部見透かされてしまいそうな気がする。見透かされてしまったら、終わってしまう。
『こっち。見てください』
頭の中まで優しく撫でるような低い。優しい声。それだけで、催眠術にかかったみたいに、いうことを聞いてしまいそうになる。
けれど、恐れが勝って、俺は顔を上げることをしなかった。
『…助かったって思ってます』
頑なな俺の態度に、詰めていた吐息を吐いて鈴は言った。ため息をつかれたみたいで、居たたまれない。
『正直。その。ああいうノリの女子苦手で。てか。人付き合い苦手で。なんつって断っていいかわかんないし。だから、池井さんがいてくれて助かりました』
姿勢のいい鈴が綺麗な角度で頭を下げたのが見えて、ようやく、俺は鈴のほうが見られた。
『だから、言わないでください。ほかの人といればいいなんて。池井さんの口から聞きたくないです』
顔を上げた鈴と目が合う。真剣な顔ははっとするほど綺麗で、もう、その顔を見たらダメだった。完全に俺は落ちていた。何にとは、聞かないでほしい。聞かないでほしいけれど、それが今度はどんな名前のものなのか、口には出せないけれど、思考に上らせるのもおこがましいけれど、ちゃんと自分の中では名前を付けていた。
『…あ。うん。ごめん。も、言わない』
多分。もう、言えない。
嘘でも、鈴がほかの誰かと。特に鈴に好意を持っている女の子と一緒にいてもいいなんて、言えない。
『あの。もしよかったら。俺、明日朝。迎えに行きます。バイクあるんで。駅まで送りますよ』
俺の答えに安心したみたいな顔になって、鈴が言った。
てか、バイクって。どんだけ、イケメン見せつければ気が済むんだよ。
こんなに優しくして、知らんよ?
勝手に盛り上がっちゃうよ?
言いたい言葉をぐっと飲み込む。鈴が自分を迷惑だと思っていないことは嘘ではないけれど、だからと言って、別に友人以外の何者でもないんだ。何が気に入ったのかわからないけれど、俺みたいな凡人と仲良くしたいと鈴は思っている。
『でも…。いいよ。明日、鈴君だって授業あるんだろ?』
でも、それだけなんだ。
ともだち。
俺が望んでいなくても、鈴がそうしたいなら、その名前でなら、そばにいられるなら、それでいい。
だから、友達の距離は守らないといけない。
『や。三年生なんで、授業はあんまり。月曜日は昼からなんで行けます』
腕を掴まれたままで、逃げ場がないから、それ以上断ることもできなくて、本当は断りたくもなかったから、俺は頷いた。また、明日会えると思うと、嬉しいと思う。
『あ。すみません』
多分、隠せないくらいには顔は赤かったと思う。さっきからずっと、ずっと、こんなに寒いのに頬が熱いんだ。でも、鈴がそれをどう解釈したかはわからない。ただ、握ったままの手に気付いて、彼は手を離した。
『痛くなかったですか?』
聞かれて、首を横に振る。声を出したら震えていたかもしれない。
どうにもこうにも、普通でなんていられなかったし、それを隠すこともできそうにない。こんなふうになるのは、初めてかもしれない。こんなふうに他人のことを考えたのは初めてだ。
『あ。電車。時間もうすぐですよ。急ごう?』
鈴が背を手で優しく押して促す。それに促されるまま、俺は歩き出した。
ぼそり。と、鈴が呟いた。言葉は俺にはよく聞き取れなかった。
『池井さん』
腕を掴まれた。
それだけで、心臓が跳ねる。
『え? あ。なに?』
でも、顔は見られない。見るのが怖い。あの、青い目で見られたら、全部見透かされてしまいそうな気がする。見透かされてしまったら、終わってしまう。
『こっち。見てください』
頭の中まで優しく撫でるような低い。優しい声。それだけで、催眠術にかかったみたいに、いうことを聞いてしまいそうになる。
けれど、恐れが勝って、俺は顔を上げることをしなかった。
『…助かったって思ってます』
頑なな俺の態度に、詰めていた吐息を吐いて鈴は言った。ため息をつかれたみたいで、居たたまれない。
『正直。その。ああいうノリの女子苦手で。てか。人付き合い苦手で。なんつって断っていいかわかんないし。だから、池井さんがいてくれて助かりました』
姿勢のいい鈴が綺麗な角度で頭を下げたのが見えて、ようやく、俺は鈴のほうが見られた。
『だから、言わないでください。ほかの人といればいいなんて。池井さんの口から聞きたくないです』
顔を上げた鈴と目が合う。真剣な顔ははっとするほど綺麗で、もう、その顔を見たらダメだった。完全に俺は落ちていた。何にとは、聞かないでほしい。聞かないでほしいけれど、それが今度はどんな名前のものなのか、口には出せないけれど、思考に上らせるのもおこがましいけれど、ちゃんと自分の中では名前を付けていた。
『…あ。うん。ごめん。も、言わない』
多分。もう、言えない。
嘘でも、鈴がほかの誰かと。特に鈴に好意を持っている女の子と一緒にいてもいいなんて、言えない。
『あの。もしよかったら。俺、明日朝。迎えに行きます。バイクあるんで。駅まで送りますよ』
俺の答えに安心したみたいな顔になって、鈴が言った。
てか、バイクって。どんだけ、イケメン見せつければ気が済むんだよ。
こんなに優しくして、知らんよ?
勝手に盛り上がっちゃうよ?
言いたい言葉をぐっと飲み込む。鈴が自分を迷惑だと思っていないことは嘘ではないけれど、だからと言って、別に友人以外の何者でもないんだ。何が気に入ったのかわからないけれど、俺みたいな凡人と仲良くしたいと鈴は思っている。
『でも…。いいよ。明日、鈴君だって授業あるんだろ?』
でも、それだけなんだ。
ともだち。
俺が望んでいなくても、鈴がそうしたいなら、その名前でなら、そばにいられるなら、それでいい。
だから、友達の距離は守らないといけない。
『や。三年生なんで、授業はあんまり。月曜日は昼からなんで行けます』
腕を掴まれたままで、逃げ場がないから、それ以上断ることもできなくて、本当は断りたくもなかったから、俺は頷いた。また、明日会えると思うと、嬉しいと思う。
『あ。すみません』
多分、隠せないくらいには顔は赤かったと思う。さっきからずっと、ずっと、こんなに寒いのに頬が熱いんだ。でも、鈴がそれをどう解釈したかはわからない。ただ、握ったままの手に気付いて、彼は手を離した。
『痛くなかったですか?』
聞かれて、首を横に振る。声を出したら震えていたかもしれない。
どうにもこうにも、普通でなんていられなかったし、それを隠すこともできそうにない。こんなふうになるのは、初めてかもしれない。こんなふうに他人のことを考えたのは初めてだ。
『あ。電車。時間もうすぐですよ。急ごう?』
鈴が背を手で優しく押して促す。それに促されるまま、俺は歩き出した。
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