真鍮とアイオライト 1

司書Y

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夜が暗いから

夜が暗いから 1

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 冬の夜の街を、歩いていた。
 空気が、きん。と、音がしそうなほどに冷たい。でも、俺の頬はずっと、熱いままだった。

 まだ、時間は早いけれど、行きかう人は多くはない。寒い季節になると、田舎ではそもそも徒歩で出歩くこと自体多くないからだ。しかも、日曜日の夜。みんなもう、家で鍋でも囲んでいることだろう。俺だって、いつもなら、もう、家について夕食の支度をしている時間だ。
 シフトを変わったこと。兄ちゃんが仕事で遅くなること。ばあちゃんがJAの年金の旅行で泊りなこと。
 いろいろ重なったから、いつもは行かない日曜日に緑風堂に行こうと決めたんだ。

 街はきらきらと輝いていた。地方都市のイルミネーションは都会と違って細やかだけれど、それでも、小さな通りを飾るには充分だ。冬は空気が澄んでいるから、余計に綺麗に見える。近年の流行りで殆どは青い光。綺麗だけれど冷たい感じたすると、いつも感じていた。
 けれど、今日は違って見える。

『チャリ。本当に置いてきてよかったんですか?』

 隣を歩く鈴が前を向いたまま聞いてきた。
 多分、イルミネーションを見ているんだと思う。
 その目に青い光が映って、あの変なチンピラに会った晩の鈴の瞳を思い出させる。

『池井さん?』

 その色に見惚れていたら、不意打ちで鈴がこちらを向いた。ばっちりと目が合ってしまって、俺は慌てて視線をイルミネーションに向けた。

『…だ…いじょぶ。明日、電車にするから』

 俺の家から最寄り駅は歩いたら1時間はかかる。けれど、自転車があると、こうやって鈴と歩くことができない。
 一瞬、その方が都合がいいかな。とか、思った。けれど、店を出た瞬間に、女子高生に”お仕事、もうおわりですよね?”と、声をかけられて、連れていかれそうになった鈴の殆ど無表情の顔を見たら、無意識のうちに”今日は電車で帰る”と、言ってしまっていた。

『そ。ですか』

 離れがたかったんだ。
 イルミネーションを見つめながら思う。
 きっと、あの女子高生は鈴のことが気に入っているんだろう。好き。までは行かなくても、仲良くなれたら、その先に恋人とかそう言う選択肢があるんじゃないかって思っているんだ。
 それは理解できる。だって、隣を歩くその人は誰が見たって最高の完成度の美青年ってやつだ。モデルやっているって言われたら、やっぱりね。と、納得する。
 だから、女の子なら、いいな。と、思うのも当然だ。ましてや、あの店にわざわざ来てるってことは、はじめから鈴目当てなんだと思う。鈴がバイトに入る前はあれだけ美味しいスイーツがあっても、本当に知る人ぞ知る。って、店だったんだから。
 でも。

『…あー。や。迷惑だった? 折角、女の子声かけてくれたのに』

 鈴の視線が少し心配そうにしているのがわかる。視界の端っこの方に困った顔が見えてそっちが見られない。だから、そんなことを言ったのは、予防線だ。

『俺さ。なんつーか。空気読めなくて…』

 鈴の口から迷惑だったとにおわせるような言葉を聞きたくなかった。そんなことないと否定してほしかったんだと思う。
 女の子ならいい。鈴に気軽に声をかけても。その容姿とか、仕草とかカッコいいって囁き合ったりしても。その先に恋人同士になる未来を想像しても。何もおかしくないんだ。

『ごめん。やっぱ、俺、一人で帰るから。まだ、さっきの子いるかもよ』

 でも、俺は違う。
 きっと、これは、勘違いだ。俺にしか見えないあの人たちと同じで、俺がおかしいから、こんなふうに思うんだ。だから、それに、鈴を巻き込んではいけない。
 っていうか、絶対に気のせいだ。変な声が聞こえたから、こんなふうに思うようになるなんて、俺、本当にヤバいんだと思う。病院とか通った方がいいのかな。
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