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甘味と猫とほうじ茶と
甘味と猫とほうじ茶と 5
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『池井…さん?』
袖を肘まで折った黒いシャツに黒のスラックス。千鳥格子の丈の短いサロンエプロン。シンプルだからこそ、背の高さも足の長さも際立っている。
鈴はすごく驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑って、早足で歩いてきた。
『どうしたんですか? 仕事おわり。すか? もしかして、前から、ここ来てた?』
鈴にしては、はじめから少しテンション高めに話しかけてくる。まるで、ここへ入ってきたときの猫様たちのようだ。喜んでくれているみたいで、嬉しい。
と。思ってから、嬉しいってなんだよ。と、思う。それから、また、友達が俺に会えてうれしいと思ってくれたら、嬉しいよな。と、言い訳のように思う。その間0.5秒。
『うん。前から。お茶も、甘いのも、猫も好きで』
そんなことを考えながら返事をしたもんだから、小学生みたいな答えになってしまった。確かに嘘ではない。しかし、ここに来るに至った経緯はそんなのほほんとしたこと以外にいろいろある。けれど、長くなるから、それはまた、別の機会に話そうと思う。
『そか』
俺のバカみたいな答えに、鈴が笑う。決してバカにしたような笑い方じゃない。
利用登録をして以来、鈴はよく図書館に来るようになった。カウンターに俺がいると、毎回少しずつ会話をするようにもなった。会話が多くなったら、笑ってくれる回数も増えた。
普段、少し表情に乏しい感じがする鈴が笑ってくれるのは、優越感がある。とにかく、笑顔が綺麗だから。男相手に綺麗とか気持ち悪いけれど、鈴の笑顔は綺麗という表現がぴったりと当てはまる。そもそもの絶景ポイントで、その上に雨上がりの青空に虹がかかったような、すごく得した気分になれる笑顔なのだ。
『鈴。池井君と知り合いだったの?』
二人の会話を聞いていた風祭さんが声をかけてきた。
鈴。と、呼び捨てなのに、少しどきり。とする。その呼び方が、すごく、親密な感じがして、戸惑う。
『あ。うん。そこの市民センターの図書館司書さん。…あ。…ともだち』
そう言われたときの感情を言葉で言い表すのが難しい。
『で。いいですか?』
鈴が問いかけてくるので、俺は頷いた。
ただの、知り合い。とか、言われたら、きっと凹んだ。
けれど、あの夜つけなかったこの関係の名前を、ともだち。と、言われたのは、なんだかもやっ。とした。
別に、嫌なわけじゃない。友達だとしても、年齢も少し離れているし、ちょっと特別な雰囲気を持った鈴と、THE平凡な自分では、でこぼこで釣り合いがとれない気がする。それでも、友達だと言ってくれるは、単純に嬉しい。はずなのだが、胃の上のあたりがもやもやとする。
これは何なんだろう。
『池井さん?』
考え込んでいると、鈴が俺の顔を覗き込んでいた。
『図々しかったですか?』
心配そうに眉を寄せた鈴の瞳の色は少し青く見えた。昼から夜に変わっていく、どちらつかずの合間の時間の、空の色だ。綺麗だと思うのと、罪悪感が同時に心の深いところから、湧き上がってくる。
『ちがう。そんなことない』
だから、俺は慌てて断言した。
『ただの知り合いだって言われると思ってたから、驚いた。歳離れてるし。でも、友達。うん。ありがと』
もやもやしたものは、とりあえず心の端に追いやる。けれど、それは簡単には消えてくれない予感がした。
袖を肘まで折った黒いシャツに黒のスラックス。千鳥格子の丈の短いサロンエプロン。シンプルだからこそ、背の高さも足の長さも際立っている。
鈴はすごく驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑って、早足で歩いてきた。
『どうしたんですか? 仕事おわり。すか? もしかして、前から、ここ来てた?』
鈴にしては、はじめから少しテンション高めに話しかけてくる。まるで、ここへ入ってきたときの猫様たちのようだ。喜んでくれているみたいで、嬉しい。
と。思ってから、嬉しいってなんだよ。と、思う。それから、また、友達が俺に会えてうれしいと思ってくれたら、嬉しいよな。と、言い訳のように思う。その間0.5秒。
『うん。前から。お茶も、甘いのも、猫も好きで』
そんなことを考えながら返事をしたもんだから、小学生みたいな答えになってしまった。確かに嘘ではない。しかし、ここに来るに至った経緯はそんなのほほんとしたこと以外にいろいろある。けれど、長くなるから、それはまた、別の機会に話そうと思う。
『そか』
俺のバカみたいな答えに、鈴が笑う。決してバカにしたような笑い方じゃない。
利用登録をして以来、鈴はよく図書館に来るようになった。カウンターに俺がいると、毎回少しずつ会話をするようにもなった。会話が多くなったら、笑ってくれる回数も増えた。
普段、少し表情に乏しい感じがする鈴が笑ってくれるのは、優越感がある。とにかく、笑顔が綺麗だから。男相手に綺麗とか気持ち悪いけれど、鈴の笑顔は綺麗という表現がぴったりと当てはまる。そもそもの絶景ポイントで、その上に雨上がりの青空に虹がかかったような、すごく得した気分になれる笑顔なのだ。
『鈴。池井君と知り合いだったの?』
二人の会話を聞いていた風祭さんが声をかけてきた。
鈴。と、呼び捨てなのに、少しどきり。とする。その呼び方が、すごく、親密な感じがして、戸惑う。
『あ。うん。そこの市民センターの図書館司書さん。…あ。…ともだち』
そう言われたときの感情を言葉で言い表すのが難しい。
『で。いいですか?』
鈴が問いかけてくるので、俺は頷いた。
ただの、知り合い。とか、言われたら、きっと凹んだ。
けれど、あの夜つけなかったこの関係の名前を、ともだち。と、言われたのは、なんだかもやっ。とした。
別に、嫌なわけじゃない。友達だとしても、年齢も少し離れているし、ちょっと特別な雰囲気を持った鈴と、THE平凡な自分では、でこぼこで釣り合いがとれない気がする。それでも、友達だと言ってくれるは、単純に嬉しい。はずなのだが、胃の上のあたりがもやもやとする。
これは何なんだろう。
『池井さん?』
考え込んでいると、鈴が俺の顔を覗き込んでいた。
『図々しかったですか?』
心配そうに眉を寄せた鈴の瞳の色は少し青く見えた。昼から夜に変わっていく、どちらつかずの合間の時間の、空の色だ。綺麗だと思うのと、罪悪感が同時に心の深いところから、湧き上がってくる。
『ちがう。そんなことない』
だから、俺は慌てて断言した。
『ただの知り合いだって言われると思ってたから、驚いた。歳離れてるし。でも、友達。うん。ありがと』
もやもやしたものは、とりあえず心の端に追いやる。けれど、それは簡単には消えてくれない予感がした。
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