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甘味と猫とほうじ茶と
甘味と猫とほうじ茶と 4
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紺のにゃあん。と、急かすような声と、風祭さんの視線に促されて、俺はカウンターの一番奥の席に座った。
『日替わり。何にする?』
上着を脱いで背もたれにかけてから、椅子に座ると、風祭さんが聞いてくる。
今日の日替わりは、抹茶のティラミス。ほうじ茶のシフォンケーキ。サツマイモとシナモンのチーズケーキの三種。
どれも、捨てがたい。そもそも、この店のスイーツに外れという概念はない。けれど、この店の一番の人気はほうじ茶を使ったスイーツで、ほうじ茶系のメニューが出た時は必ず選ぶほどの逸品ぞろいだった。
『じゃ、ほうじ茶のシフォンで。お茶は風祭さんのおススメでお願いします』
同じ客商売をするものとしては、見習わないといけないと思うのだが、店主は一度来た客はその時聞いたお茶の好みと共にすべて覚えている。もちろん、常連ともなると、好みはすべて把握していて、スイーツを選ぶと、お客の好みとスイーツとの相性を考えてぴったりと合ったお茶を添えてくれる。しかもお茶は殆ど同じものは出さない。毎回、違う味のお茶を楽しませてくれる。
まさに職人技。
可愛い猫。猫に対する店員の優しさ。店内の雰囲気。美味しいスイーツとお茶。店主の人柄。これだけ好きな要素が重なって、通わないわけがない。
とにかく、居心地がいいのだ。
だから、俺は毎週一回ほどのペースで、この店に通っていた。司書の仕事は週休がかなり不規則だから、毎週何曜日ということはないけれど、殆どは火曜日か金曜日。早番で、仕事が忙しくないから、残業がなくて、街自体に人が少ない日が、この店に来る日になることが多かった。
『てか。ね? いいでしょ? ここ』
一際高くなった声に、俺は、ちら。と、テーブル席を見た。
俺の膝の上では紅が喉を鳴らしている。足元の緑は顔をあげて、高い声を出したお客さんを見ていた。紺は心底面倒くさそうな顔をして、ぴくり。と、耳だけを動かす。
少なくとも、緑と紺は不快に感じていることが分かった。
『ごめんね。最近。若いお客さん多くて』
俺用に選んでくれたお茶を急須に用意してから、風祭さんが言う。
『実は、新しく手伝ってくれる子が…』
『やめてください』
また、風祭さんの言葉は遮られてしまった。その言葉を遮った少しきつめの口調の声には聞き覚えがある。
『撮影はご遠慮くださいと書いてありますよね?』
テーブル席を振り返ると、見知った顔が席に座る女子高生風の女の子に声をかけていた。言葉遣いは丁寧だが、口調は厳しい。
手には段ボール箱を抱えたままだ。ドアベルはならなかったから、カウンターの反対側の奥のパーテーションのさらに奥の物置の方から出てきたのだと思う。
『えー。でも。友達にLINE送るだけだから』
注意された女子高生は悪びれずに答える。なんだか、少し語尾が伸びた感じがわざとらしくて、鼻につくしゃべり方だと思うのは、週一の楽しみを邪魔された独り身男の器の小ささがなせる業なのだろうか。
それとも、その子の話しかけている相手が、こちらに背を向けてはいるけれど、ちょっと引くくらいのイケメンだと知っているからだろうか。
『用途は関係ありません。撮影を禁止しております。守れないようでしたら、退店をお願いします』
女子高生の反論に店員はきっぱりと言い切った。随分と容赦のない言い方だが、ここの店主の方針ならそう言ってもおかしくないと思う。騒がしくなるのを好むような人ではない。そもそもカフェは殆ど趣味なのだ。常連と静かに会話できる雰囲気を大切にしているのを俺も知っているから、きっと、店員にもそう指導しているのだろう。
『でも。でも。インスタにも載ってたし』
それでも、反論しようとする女子高生に、彼が向けているのはあまり感情を感じないあの顔なのだろう。
『それは、通報しました。違反行為です』
きっぱりと言い切る店員に、女子高生はしゅん。と、小さくなった。悪態をついたり、反論したりする気はもうないらしい。多分、俺の想像している彼の表情で言い切られたら、女の子は反論なんてできないだろう。
『それから、会話はほかの方のお邪魔にならないようお願いします』
ぺこり。と、形ばかりの会釈をして、店員はくるり。と、こちらに振り返った。それから、固まる。
『日替わり。何にする?』
上着を脱いで背もたれにかけてから、椅子に座ると、風祭さんが聞いてくる。
今日の日替わりは、抹茶のティラミス。ほうじ茶のシフォンケーキ。サツマイモとシナモンのチーズケーキの三種。
どれも、捨てがたい。そもそも、この店のスイーツに外れという概念はない。けれど、この店の一番の人気はほうじ茶を使ったスイーツで、ほうじ茶系のメニューが出た時は必ず選ぶほどの逸品ぞろいだった。
『じゃ、ほうじ茶のシフォンで。お茶は風祭さんのおススメでお願いします』
同じ客商売をするものとしては、見習わないといけないと思うのだが、店主は一度来た客はその時聞いたお茶の好みと共にすべて覚えている。もちろん、常連ともなると、好みはすべて把握していて、スイーツを選ぶと、お客の好みとスイーツとの相性を考えてぴったりと合ったお茶を添えてくれる。しかもお茶は殆ど同じものは出さない。毎回、違う味のお茶を楽しませてくれる。
まさに職人技。
可愛い猫。猫に対する店員の優しさ。店内の雰囲気。美味しいスイーツとお茶。店主の人柄。これだけ好きな要素が重なって、通わないわけがない。
とにかく、居心地がいいのだ。
だから、俺は毎週一回ほどのペースで、この店に通っていた。司書の仕事は週休がかなり不規則だから、毎週何曜日ということはないけれど、殆どは火曜日か金曜日。早番で、仕事が忙しくないから、残業がなくて、街自体に人が少ない日が、この店に来る日になることが多かった。
『てか。ね? いいでしょ? ここ』
一際高くなった声に、俺は、ちら。と、テーブル席を見た。
俺の膝の上では紅が喉を鳴らしている。足元の緑は顔をあげて、高い声を出したお客さんを見ていた。紺は心底面倒くさそうな顔をして、ぴくり。と、耳だけを動かす。
少なくとも、緑と紺は不快に感じていることが分かった。
『ごめんね。最近。若いお客さん多くて』
俺用に選んでくれたお茶を急須に用意してから、風祭さんが言う。
『実は、新しく手伝ってくれる子が…』
『やめてください』
また、風祭さんの言葉は遮られてしまった。その言葉を遮った少しきつめの口調の声には聞き覚えがある。
『撮影はご遠慮くださいと書いてありますよね?』
テーブル席を振り返ると、見知った顔が席に座る女子高生風の女の子に声をかけていた。言葉遣いは丁寧だが、口調は厳しい。
手には段ボール箱を抱えたままだ。ドアベルはならなかったから、カウンターの反対側の奥のパーテーションのさらに奥の物置の方から出てきたのだと思う。
『えー。でも。友達にLINE送るだけだから』
注意された女子高生は悪びれずに答える。なんだか、少し語尾が伸びた感じがわざとらしくて、鼻につくしゃべり方だと思うのは、週一の楽しみを邪魔された独り身男の器の小ささがなせる業なのだろうか。
それとも、その子の話しかけている相手が、こちらに背を向けてはいるけれど、ちょっと引くくらいのイケメンだと知っているからだろうか。
『用途は関係ありません。撮影を禁止しております。守れないようでしたら、退店をお願いします』
女子高生の反論に店員はきっぱりと言い切った。随分と容赦のない言い方だが、ここの店主の方針ならそう言ってもおかしくないと思う。騒がしくなるのを好むような人ではない。そもそもカフェは殆ど趣味なのだ。常連と静かに会話できる雰囲気を大切にしているのを俺も知っているから、きっと、店員にもそう指導しているのだろう。
『でも。でも。インスタにも載ってたし』
それでも、反論しようとする女子高生に、彼が向けているのはあまり感情を感じないあの顔なのだろう。
『それは、通報しました。違反行為です』
きっぱりと言い切る店員に、女子高生はしゅん。と、小さくなった。悪態をついたり、反論したりする気はもうないらしい。多分、俺の想像している彼の表情で言い切られたら、女の子は反論なんてできないだろう。
『それから、会話はほかの方のお邪魔にならないようお願いします』
ぺこり。と、形ばかりの会釈をして、店員はくるり。と、こちらに振り返った。それから、固まる。
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