真鍮とアイオライト 1

司書Y

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甘味と猫とほうじ茶と

甘味と猫とほうじ茶と 1

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 その店は、市立図書館の裏手の道を東に進んで、松の湯という銭湯を通り過ぎ、最初にある脇道を左側に入っていった場所にある。民家の間にある細い路地だから、知らないと通り過ぎてしまうような場所で、俺も最初はそこにその店があるなんて、気づかなかった。
 先に言った通り、目印になるのが銭湯。という、なんともレトロな雰囲気を漂わせる一角は、最早、昭和レトロどころか、昭和初期と言った風情だ。銭湯もさることながら、路地を挟む民家もかなり築年数が立っている様子で、その周囲の塀はこれまた時代を感じさせる板塀。一本向こうの道は、この街のメインストリートで、季節柄色とりどりのイルミネーションが激しい主張を繰り広げているというのに、一体どこを通り抜けたときにタイムスリップしてしまったのかと、周りを見渡したくなる。
 そんな一角にその店はあるんだ。

 緑風堂茶店。

 それが、その店の名前だ。
 名前の通り本業はお茶屋なのだが、数年前に店主が変わって、お茶の試飲と一緒に手作りの和スイーツを出すようになったところ、そっちの方が人気になってしまい、今はカフェのようになっている。とは言っても、場所が場所だけに知る人ぞ知るという店で、満員御礼なんていうところには出くわしたことはない。そんな静かなところも気に入ってるところだ。
 
 けれど、俺がその店に足蹴く通う理由はほかにある。

 今日も、早番の勤務を終えて、俺は緑風堂に向かっていた。
 図書館の職員通用口を出て、いつもなら駐輪場に向かうのだけれど、今日はそこを通り過ぎて、松の湯のほうに向かう。いくら暗くなっているとはいえ、駐輪場の前からは緑風堂へ続く路地の入口は見えている。すぐわきの電柱に街灯もついているからだ。
 今日は、朝から緑風堂に行くことを決めていたから、自然と足は速くなってしまう。

 待ち遠しい。
 早く会いたい。

 そんなことで心がいっぱいになる。
 可愛い彼女たちに逢えるから、理不尽この上のない利用者さんの罵詈雑言や、それを図書館員に言われましても。という無理難題にも、笑顔で対応できるのだ。
 一週間頑張った自分へのご褒美。明日への活力の充電。ささくれだった心の癒し。言葉は何でもいい。とにかく、彼女たちに逢えれば、俺は幸せになれるんだ。

 足早に細い路地に入って進む。
 といっても、それほど長い道のりではない。すぐそこだ。
 20mほどのひび割れたアスファルトの道。左右には年季の入った板塀。その間を抜けて、少しだけ開けた場所。そこに緑風堂への入り口がある。
 見た目は普通のなまこ壁の土蔵だ。もともとの主人の家の物置だったものを昭和60年代にお茶屋に改装したらしい。それほど大きな建物ではなく、天井の高い平屋で、改装したと言ってもそのまま使われていた部分が多い。
 その扉部分は元々の重く厚い扉は開け放たれたままになっていて、代わりに開け閉めしやすいドアがつけられている。扉の左右には店主の趣味でいろいろな植物が植えられているのだが、殆どは東洋西洋ごちゃ混ぜのハーブの類で季節になると、ハーブティとして常連に振舞ったりしていた。

 終業後すぐに出てきたけれど、季節的に6時前でも、もう外は真っ暗で、このあたりには街灯もまばらだ。だから、ドアについている明り取りの窓から、温かな光が見える。
 この店は喫茶店ではないから、モーニングもランチもやっていない。店は午前11時には開店しているが、カフェスペースは店主の気まぐれで3時頃から、これも店主の気まぐれで7時頃まではやっていた。仕事を終えてからでも来られるところも気に入っている理由の一つだった。
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