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取り急ぎ付ける名もなく
取り急ぎ付ける名もなく 4
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腕を掴まれた。
そう、脳が反応するのにすら、時間がかかってしまった。
『食う? って、何を?』
ようやく、声が出る。
別に見えないふりをしていたから、声を出さなかったわけじゃないけれど、できることなら大人しく首を引っ込めているので、スルーしてほしかった。けれど、こいつは多分、そういう(俺にしか見えない何か的な)ものではない。そう思うには理由が二つあった。
一つ目の理由。触れた手が温かい。多くはないけれど、接触されたことはある。あのフラッシュメモリを落とした日もそうだった。その時に感じた、触れただけで身体の芯が凍るような独特の感覚はない。強引で、横暴で、暴力的で、一方的だけれど、今目の前の男には確かに体温がある。
『てか。誰?』
もう一つの理由は、眼鏡をかけたままでも、はっきりと見えているから。
俺の伊達眼鏡は基本的には変なものを見るのを避けるためのものだ。どんな仕組みかはわからない。けれど、そういうものは、眼鏡を通すと殆ど見えなくなる。うっすらと、見えることはあっても、こんなにはっきりと見えたことは今までにはなかった。
きっと、こいつは普通の(いや、いわゆる一般人という意味での普通ではないかもしれないけれど)人間で、暗くなっていてよく見えない松林の松の陰から出てきたんだろう。
となると、別の意味でヤバい。
『クロバだ。知らんのか?』
知らんわ。
と、突っ込もうとして思いとどまる。
俺には、その筋の人に知り合いなんていない。
けれど、その男は俺が知らないことを心底驚いているようだった。たとえば、太陽が東から上るのを知らない人がいるのを呆れるようなそんな感じだった。
『まあ、そんなことはどうでもいい。俺は腹が減っている。食わせてもらうぞ』
ぐい。と、腕を引かれて、引き寄せられた。肩から滑り落ちたエコバックがどさ。と、音を立てるのが、視界の端に見える。
直後、その男の鼻先が首筋に当たった感触。吐息がくすぐったい。
『やはりな。こいつは極上だ』
そこの匂いを嗅がれているのだと気付いて、一気に不快感が湧き上がる。
『うわ! なんだよ。離せ』
掴まれた腕を引き離そうと、力を籠めるけれど、男の腕はびくともしない。それどころか、いつの間にか腕の中に収められている。
頭が混乱して何が何だかわからない。
いきなり声をかけられて。
腕掴まれて。
引っ張られて。
匂い嗅がれて。
いわゆる拘束されている状態。
てか、抱きしめられている? ⇐イマココ
ヤバい。
ヤバい。
ヤバい。
今までも、ヤバいって思うことたくさんあったけれど、別の意味でヤバい。
これって、今からどうなるの?
食うってどういうこと?
え?
お肉好きな人? しかも、スーパーでは確実に売ってないヤツ。
俺、絞められて、内臓抜かれて、天井から吊るされた鈎にかけられたりするわけ?
うそだろ?
一気に某夜明けまでには死んでいそうなゲームを想像してしまって、寒さとは別の悪寒が背中を駆けあがった。ゲームじゃあるまいし、一度吊るされたら、俺はおしまいだ。そうなる前に何とかしないといけない。
『ちょ。ま。なんで? ふざけんな。てか、なんで、俺? おかしくない?』
必死に身を捩っても、クロバと名乗った男はびくともしない。まるで、大人と子供くらいの力の差があるみたいだ。
だから、そんな反論が全く的を射ていないのは分かっているけれど、言わずにはいられない。
大抵の人間は美味そうなんて言われたことはないだろうし、褒め言葉にしては、嬉しくなさすぎる。こんなことを言われたときどうしようとか、そんなリスクマネジメントなんて、考えたこともないんだから、仕方ない。
『おれ、美味くないよ? わかんだろ? 固いし、ひょろひょろだし。脂身も赤味も少ないよ?』
俺の阿呆な反論に、男は一瞬身体を離して、きょとんとした顔で俺を見た。それから、意地の悪い笑顔を浮かべる。
『ああ。まあ、そうだな。そう言う意味では美味そうではないな』
にやにやと笑いながら、クロバが言う。それから、じっくりと、上から下まで俺を見た。まるで、値踏みするみたいに。温い何かの生肉を押し付けられて撫でまわされているみたいな嫌な感覚。思わず顔を顰めると、く。と、男の喉の奥が鳴る音がした。
『こんなものが、誰にも気づかれずにその辺にいるものかね?』
男の瞳が弓形にしなる。笑っているんだ。
昏くてよく見えない口元がやけに大きく鋭角に尖っているような気がする。
『なんだよそれ』
ぞっ。っと、さらに嫌な感覚が増す。
この男が、人かそれ以外のものかなんて、最早どうでもいい。どっちだとしても、俺が今危機的状況あることには変わりない。
『だから、旨そうだから食う。そういうことだ』
意味がわからん!
と大声で言いたかったけれど、声にはならなかった。その前に強い力で別の方向に引っ張られたからだ。
そう、脳が反応するのにすら、時間がかかってしまった。
『食う? って、何を?』
ようやく、声が出る。
別に見えないふりをしていたから、声を出さなかったわけじゃないけれど、できることなら大人しく首を引っ込めているので、スルーしてほしかった。けれど、こいつは多分、そういう(俺にしか見えない何か的な)ものではない。そう思うには理由が二つあった。
一つ目の理由。触れた手が温かい。多くはないけれど、接触されたことはある。あのフラッシュメモリを落とした日もそうだった。その時に感じた、触れただけで身体の芯が凍るような独特の感覚はない。強引で、横暴で、暴力的で、一方的だけれど、今目の前の男には確かに体温がある。
『てか。誰?』
もう一つの理由は、眼鏡をかけたままでも、はっきりと見えているから。
俺の伊達眼鏡は基本的には変なものを見るのを避けるためのものだ。どんな仕組みかはわからない。けれど、そういうものは、眼鏡を通すと殆ど見えなくなる。うっすらと、見えることはあっても、こんなにはっきりと見えたことは今までにはなかった。
きっと、こいつは普通の(いや、いわゆる一般人という意味での普通ではないかもしれないけれど)人間で、暗くなっていてよく見えない松林の松の陰から出てきたんだろう。
となると、別の意味でヤバい。
『クロバだ。知らんのか?』
知らんわ。
と、突っ込もうとして思いとどまる。
俺には、その筋の人に知り合いなんていない。
けれど、その男は俺が知らないことを心底驚いているようだった。たとえば、太陽が東から上るのを知らない人がいるのを呆れるようなそんな感じだった。
『まあ、そんなことはどうでもいい。俺は腹が減っている。食わせてもらうぞ』
ぐい。と、腕を引かれて、引き寄せられた。肩から滑り落ちたエコバックがどさ。と、音を立てるのが、視界の端に見える。
直後、その男の鼻先が首筋に当たった感触。吐息がくすぐったい。
『やはりな。こいつは極上だ』
そこの匂いを嗅がれているのだと気付いて、一気に不快感が湧き上がる。
『うわ! なんだよ。離せ』
掴まれた腕を引き離そうと、力を籠めるけれど、男の腕はびくともしない。それどころか、いつの間にか腕の中に収められている。
頭が混乱して何が何だかわからない。
いきなり声をかけられて。
腕掴まれて。
引っ張られて。
匂い嗅がれて。
いわゆる拘束されている状態。
てか、抱きしめられている? ⇐イマココ
ヤバい。
ヤバい。
ヤバい。
今までも、ヤバいって思うことたくさんあったけれど、別の意味でヤバい。
これって、今からどうなるの?
食うってどういうこと?
え?
お肉好きな人? しかも、スーパーでは確実に売ってないヤツ。
俺、絞められて、内臓抜かれて、天井から吊るされた鈎にかけられたりするわけ?
うそだろ?
一気に某夜明けまでには死んでいそうなゲームを想像してしまって、寒さとは別の悪寒が背中を駆けあがった。ゲームじゃあるまいし、一度吊るされたら、俺はおしまいだ。そうなる前に何とかしないといけない。
『ちょ。ま。なんで? ふざけんな。てか、なんで、俺? おかしくない?』
必死に身を捩っても、クロバと名乗った男はびくともしない。まるで、大人と子供くらいの力の差があるみたいだ。
だから、そんな反論が全く的を射ていないのは分かっているけれど、言わずにはいられない。
大抵の人間は美味そうなんて言われたことはないだろうし、褒め言葉にしては、嬉しくなさすぎる。こんなことを言われたときどうしようとか、そんなリスクマネジメントなんて、考えたこともないんだから、仕方ない。
『おれ、美味くないよ? わかんだろ? 固いし、ひょろひょろだし。脂身も赤味も少ないよ?』
俺の阿呆な反論に、男は一瞬身体を離して、きょとんとした顔で俺を見た。それから、意地の悪い笑顔を浮かべる。
『ああ。まあ、そうだな。そう言う意味では美味そうではないな』
にやにやと笑いながら、クロバが言う。それから、じっくりと、上から下まで俺を見た。まるで、値踏みするみたいに。温い何かの生肉を押し付けられて撫でまわされているみたいな嫌な感覚。思わず顔を顰めると、く。と、男の喉の奥が鳴る音がした。
『こんなものが、誰にも気づかれずにその辺にいるものかね?』
男の瞳が弓形にしなる。笑っているんだ。
昏くてよく見えない口元がやけに大きく鋭角に尖っているような気がする。
『なんだよそれ』
ぞっ。っと、さらに嫌な感覚が増す。
この男が、人かそれ以外のものかなんて、最早どうでもいい。どっちだとしても、俺が今危機的状況あることには変わりない。
『だから、旨そうだから食う。そういうことだ』
意味がわからん!
と大声で言いたかったけれど、声にはならなかった。その前に強い力で別の方向に引っ張られたからだ。
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