26 / 392
取り急ぎ付ける名もなく
取り急ぎ付ける名もなく 3
しおりを挟む
俺にしか見えない人たちの半分くらいは、毎日同じところにいる。けれど、残り半分のうちのさらに半分くらいは突然に現れる。リマ男も、流星のお姉さんもそうだった。
さらに残りの半分。こちらの存在に気付いていながら姿を隠しているヤツ。これが一番性質が悪い。リマ男たちのように、意図せず姿を見せてしまうだけの存在と違って、何かを企んでいる場合が多いから。
そんなヤツらは俺に自分たちが見えていると分かると、大抵は悪意のこもったちょっかいを出してくる。
だから、できるだけ関わらない。それが見える以外そいつらに何をしてやること(いい意味でも悪い意味でも)もできない俺の処世術のようなものだった。
『お前、随分と旨そうな匂いだ。食わせろ』
けれど、その声は、そんな俺の考えを許してはくれなかった。
気のせいにするにははっきり聞こえた。
男の声だ。
低くて太い。嫌でも大きくて、力強い身体を持っていると、想像できるような声。
マジか。
心の中で天を仰ぐ。正直関わり合いたくはない。
俺はこんな深夜にコンビニなんて行こうと思ったことをここへ来て初めて心底後悔した。
てか。
何でも今日に限ってコンビニなんて行こうと思ったんだっけ?
俺は思う。
確か、そうだ。
いなり寿司が食べたかったんだ。
裏返しのやつ。辛子いなり。
晩ごはんはちゃんと食べたんだけどな。それなのに、なんだか、無性に食べたくなって。
特に好きってわけでもないのに、今夜に限ってどうして?
いくら翌日が休みだって言ったって、やることは山積みだ。もう、大掃除だって、手を付けないといけない。
ああそうだ。柔軟剤もうすぐなくなるって、ばあちゃん言ってた。
『おい。そこのひょろい小僧。食ってもいいんだな?』
そう言われて、びくり。と、肩が揺れる。反応してしまってから、『あ、これ、知らんぷりしてたほうが、正解のやつだ』と、後悔する。いや、今更遅いか。どちらにせよ、もう、コイツは俺の意見はガン無視で、迷惑この上ないちょつかいを仕掛けてくると決めているんだ。
後ろのものが、なんだとしても。こっち因果なんてつくりたくないのに。
『拒否せんなら、是認とみなすぞ?』
声に僅かに混ざる苛立ちに、振り向く以外の選択肢を奪われる。びり。と、空気が変わって、後ろのヤツの大きさが体感で倍。いや、三倍にはなったように感じられた。
その感覚はただその辺のウェイな人を怒らせた程度のそれとは全く違っていて、皮膚に直接針を刺すような冷たい、ぞっとするような感覚だった。
それでもなお、振り返るのには覚悟か必要だった。
こんな感覚は知らない。
いろんなヒトやモノに会って来たけれど、初めて、本当の、本当にヤバいと思う。俺の躊躇なんて、けれど、ソイツにはどうでもいいことなんだろう。
『おい』
声に苛立ちが増す。
それから、肩を掴まれた。
『聞こえんワケではないだろう?』
そのまま、ぐい。と引っ張られて、ソイツの方を向かせられる。
確かに、声をかけられる寸前までは誰もいなかったはずなんだ。とはいっても、一般的な常識は、必ずしも俺の常識ではない。だから、人がいなかった場所に突然誰かがいたって、少しびっくりする程度だ。
でも、ソイツを見て、俺は言葉を失った。
『やはり視えておるではないか』
派手な男だった。
あきらかにその筋のヒトってかんじの柄シャツに、同じ黒なのに就活用からは程遠い光沢のある黒スーツ。もちろん、ネクタイなんてもんはしていない。かわりに開襟シャツの隙間から、お絵かきが見える。あれはなんだろう? 赤黒い。炎だろうか。
けれど、その武闘派なコーディネートに反して、男の容姿は暴力的とは言い難い。
髪は夜の空のような黒髪で、きつめのツリ目が印象的だった。その目じりに僅かに朱色のラインが見える。気のせいかと思うほどなのだけれど、確かに見えた。
背も高く、がっしりとしているけれど、体育会系と言う言葉が思い当たらないのは多分、その、端正と言っても差し支えない顔立ちのせいだと思う。
『おい。何か言わんか』
不思議と、顔を見る前と声の印象が変わっている。
あんなにヤバいと思っていたのに、まあ、関わりたくない手合いの男だという印象は変わらないけれど、命の危険は感じなくなっていた。
『わかった。もういい。腹が減って仕方がない。否がないなら、食うぞ』
そう言って、男は今度は両手で俺の手首を掴んだ。
さらに残りの半分。こちらの存在に気付いていながら姿を隠しているヤツ。これが一番性質が悪い。リマ男たちのように、意図せず姿を見せてしまうだけの存在と違って、何かを企んでいる場合が多いから。
そんなヤツらは俺に自分たちが見えていると分かると、大抵は悪意のこもったちょっかいを出してくる。
だから、できるだけ関わらない。それが見える以外そいつらに何をしてやること(いい意味でも悪い意味でも)もできない俺の処世術のようなものだった。
『お前、随分と旨そうな匂いだ。食わせろ』
けれど、その声は、そんな俺の考えを許してはくれなかった。
気のせいにするにははっきり聞こえた。
男の声だ。
低くて太い。嫌でも大きくて、力強い身体を持っていると、想像できるような声。
マジか。
心の中で天を仰ぐ。正直関わり合いたくはない。
俺はこんな深夜にコンビニなんて行こうと思ったことをここへ来て初めて心底後悔した。
てか。
何でも今日に限ってコンビニなんて行こうと思ったんだっけ?
俺は思う。
確か、そうだ。
いなり寿司が食べたかったんだ。
裏返しのやつ。辛子いなり。
晩ごはんはちゃんと食べたんだけどな。それなのに、なんだか、無性に食べたくなって。
特に好きってわけでもないのに、今夜に限ってどうして?
いくら翌日が休みだって言ったって、やることは山積みだ。もう、大掃除だって、手を付けないといけない。
ああそうだ。柔軟剤もうすぐなくなるって、ばあちゃん言ってた。
『おい。そこのひょろい小僧。食ってもいいんだな?』
そう言われて、びくり。と、肩が揺れる。反応してしまってから、『あ、これ、知らんぷりしてたほうが、正解のやつだ』と、後悔する。いや、今更遅いか。どちらにせよ、もう、コイツは俺の意見はガン無視で、迷惑この上ないちょつかいを仕掛けてくると決めているんだ。
後ろのものが、なんだとしても。こっち因果なんてつくりたくないのに。
『拒否せんなら、是認とみなすぞ?』
声に僅かに混ざる苛立ちに、振り向く以外の選択肢を奪われる。びり。と、空気が変わって、後ろのヤツの大きさが体感で倍。いや、三倍にはなったように感じられた。
その感覚はただその辺のウェイな人を怒らせた程度のそれとは全く違っていて、皮膚に直接針を刺すような冷たい、ぞっとするような感覚だった。
それでもなお、振り返るのには覚悟か必要だった。
こんな感覚は知らない。
いろんなヒトやモノに会って来たけれど、初めて、本当の、本当にヤバいと思う。俺の躊躇なんて、けれど、ソイツにはどうでもいいことなんだろう。
『おい』
声に苛立ちが増す。
それから、肩を掴まれた。
『聞こえんワケではないだろう?』
そのまま、ぐい。と引っ張られて、ソイツの方を向かせられる。
確かに、声をかけられる寸前までは誰もいなかったはずなんだ。とはいっても、一般的な常識は、必ずしも俺の常識ではない。だから、人がいなかった場所に突然誰かがいたって、少しびっくりする程度だ。
でも、ソイツを見て、俺は言葉を失った。
『やはり視えておるではないか』
派手な男だった。
あきらかにその筋のヒトってかんじの柄シャツに、同じ黒なのに就活用からは程遠い光沢のある黒スーツ。もちろん、ネクタイなんてもんはしていない。かわりに開襟シャツの隙間から、お絵かきが見える。あれはなんだろう? 赤黒い。炎だろうか。
けれど、その武闘派なコーディネートに反して、男の容姿は暴力的とは言い難い。
髪は夜の空のような黒髪で、きつめのツリ目が印象的だった。その目じりに僅かに朱色のラインが見える。気のせいかと思うほどなのだけれど、確かに見えた。
背も高く、がっしりとしているけれど、体育会系と言う言葉が思い当たらないのは多分、その、端正と言っても差し支えない顔立ちのせいだと思う。
『おい。何か言わんか』
不思議と、顔を見る前と声の印象が変わっている。
あんなにヤバいと思っていたのに、まあ、関わりたくない手合いの男だという印象は変わらないけれど、命の危険は感じなくなっていた。
『わかった。もういい。腹が減って仕方がない。否がないなら、食うぞ』
そう言って、男は今度は両手で俺の手首を掴んだ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる