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取り急ぎ付ける名もなく
取り急ぎ付ける名もなく 2
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買い物を済ませて、コンビニを出ると、駐車場には車は一台もなかった。もちろん、俺自身も車で来たわけではなかったし、店内には客が一人もいなかったから、別におかしいことなんて何もない。
ただ一台だけ、店の陰になるような場所にある駐輪場に店員さんのだと思われるスクーターがとまっている。
内側の自動ドアと、二重になったサッシの入り口をくぐると外の冷気がまるで壁のように立ちはだかる。俺は、その壁に一瞬だけ躊躇ってから、マフラーをきゅ。と、巻き直して、そこに頬を埋めて歩き出した。
完全に冬と言って差し支えない寒さだ。寒くるなるという天気予報は当たっていたらしい。 ほう。と、吐き出した吐息が白く残って空気に溶けた。
『さむ』
肩をすくめて俺は呟く。
歩き出してまだ、さほど経っていないのに頬の感覚が鈍り始める。買ったものを詰めたエコバックは肩から掛けて、両手はポケットに突っ込んでいる。もちろん、中には貼れないホッ〇イロが、入っていることは言うまでもない。
寒い。
けれど、俺は買い物に出てきたこと自体は後悔していなかった。
歩きながら思う。
歩くことは好きだ。それが、昼であっても夜であっても。
春であっても、夏であっても、秋であっても、冬であっても。
だから、寒くても、真夜中でも、歩きたくなったら、歩く。
いつもなら、怪談朗読を聞き流すのだけど、今夜はなんとなくそんな気分になれなくて、静かに低く呻るような夜の音を聞いていた。
だから、気付いたのだと思う。
ちりん。と、小さく鳴る鈴の音に。
俺は立ち止まって、周りを見回す。
街頭はまばらだけれど、ないわけではない。冬の夜は空気が澄んでいて、いつもより遠くまで見渡せるような気がした。振り返った街並みには、まだ人の灯す光が瞬いているし、行く道のずっと先にある山はいつも通り黒いシルエットになって佇んでいる。
別にこれと言って、何も無い。もちろん、異変はと言う意味では、だ。
片側一車線の道路は大きく左にカーブしながら、登り坂になっている。カーブの内側には何軒か寄り添うように民家が建っていて、その高い生け垣が遮って、曲がった先までは見えなくなっている。
右手は松林が続いている。それほどひしめき合っているという印象はないのだか、その中は暗くてよくは見えない。
ぎぎ。
と、何者かもわからない鳥のような声が聞こえて、俺はびくり。と、身体を竦めた。
けれど、それも、田舎ではよくあることだ。そんなことで、びっくりしてしまった自分自身に恥ずかしくなって、俺は何でもないふりを装って、進行方向に向きなおり、再び歩き出そうとした。
『食わせろ』
そう聞こえたような気がして立ち止まる。さっきの鳥の声より驚いていいはずなのに、俺はどちらかというと『は?』と、呆けてしまった。その声がしてきたのが、さっきまで振り返って見ていた方向だったからだ。常識的に、理論的に考えてそんなはずがない。
さっきまでは、誰も、何もいなかったんだから。
いやいやいや。そんなわけないでしょ。誰もいなかったし。
うん。そう。気のせい。気のせい。
立ち止まってしまったけれど、心の中で自分にそう言い聞かせる。そうしておいた方がいい。それは、経験上知っていた。
ただ一台だけ、店の陰になるような場所にある駐輪場に店員さんのだと思われるスクーターがとまっている。
内側の自動ドアと、二重になったサッシの入り口をくぐると外の冷気がまるで壁のように立ちはだかる。俺は、その壁に一瞬だけ躊躇ってから、マフラーをきゅ。と、巻き直して、そこに頬を埋めて歩き出した。
完全に冬と言って差し支えない寒さだ。寒くるなるという天気予報は当たっていたらしい。 ほう。と、吐き出した吐息が白く残って空気に溶けた。
『さむ』
肩をすくめて俺は呟く。
歩き出してまだ、さほど経っていないのに頬の感覚が鈍り始める。買ったものを詰めたエコバックは肩から掛けて、両手はポケットに突っ込んでいる。もちろん、中には貼れないホッ〇イロが、入っていることは言うまでもない。
寒い。
けれど、俺は買い物に出てきたこと自体は後悔していなかった。
歩きながら思う。
歩くことは好きだ。それが、昼であっても夜であっても。
春であっても、夏であっても、秋であっても、冬であっても。
だから、寒くても、真夜中でも、歩きたくなったら、歩く。
いつもなら、怪談朗読を聞き流すのだけど、今夜はなんとなくそんな気分になれなくて、静かに低く呻るような夜の音を聞いていた。
だから、気付いたのだと思う。
ちりん。と、小さく鳴る鈴の音に。
俺は立ち止まって、周りを見回す。
街頭はまばらだけれど、ないわけではない。冬の夜は空気が澄んでいて、いつもより遠くまで見渡せるような気がした。振り返った街並みには、まだ人の灯す光が瞬いているし、行く道のずっと先にある山はいつも通り黒いシルエットになって佇んでいる。
別にこれと言って、何も無い。もちろん、異変はと言う意味では、だ。
片側一車線の道路は大きく左にカーブしながら、登り坂になっている。カーブの内側には何軒か寄り添うように民家が建っていて、その高い生け垣が遮って、曲がった先までは見えなくなっている。
右手は松林が続いている。それほどひしめき合っているという印象はないのだか、その中は暗くてよくは見えない。
ぎぎ。
と、何者かもわからない鳥のような声が聞こえて、俺はびくり。と、身体を竦めた。
けれど、それも、田舎ではよくあることだ。そんなことで、びっくりしてしまった自分自身に恥ずかしくなって、俺は何でもないふりを装って、進行方向に向きなおり、再び歩き出そうとした。
『食わせろ』
そう聞こえたような気がして立ち止まる。さっきの鳥の声より驚いていいはずなのに、俺はどちらかというと『は?』と、呆けてしまった。その声がしてきたのが、さっきまで振り返って見ていた方向だったからだ。常識的に、理論的に考えてそんなはずがない。
さっきまでは、誰も、何もいなかったんだから。
いやいやいや。そんなわけないでしょ。誰もいなかったし。
うん。そう。気のせい。気のせい。
立ち止まってしまったけれど、心の中で自分にそう言い聞かせる。そうしておいた方がいい。それは、経験上知っていた。
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