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司書Iの日常
司書Iの日常 2
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『ところで、池井君。聞いた?』
この始まり方で小柏さんが振ってくる話はろくな話がない。大抵はすこぶるつきに後味が悪い怪談話や、未解決事件の真相的なものを聞かされる。
『児童の読書スペースに雨の日に現れる少女の霊…』
ああ。やっぱりね。
と、俺は心の中で額に手を当てる。
この人の”聞いた?”話は大抵ネットで仕入れてきたスプラッターな感じの与太話なのだが、たまにこういうのが混ざっているんだ。
『寂しそうに自動ドアの方をじっとみてるんだってよ』
俺はホラーは好きなほうだ。怪談朗読を聞くのが趣味だ。
遠い世界の誰だか知らない人の話ならいい。創作だったら好きなほうだ。血がどばーっとか出ていても、それが偽物だとわかっているなら、どんなにリアルに見えてもレアステーキ食いながら見られる。
ただ、それがほんの指先を切っただけでも、本物だと分かっているものが怖い。本当に痛んでいる人がいるからだ。以前、猛獣に襲われている人の苦し気な声を聞いただけで、しばらく鬱になった。
でも、それ以上に、俺以外まだ見えている人にほとんどあったことがない世界の人のことを興味本位で語られるのは嫌いだ。
俺の見ている世界の人たちは、何かを抱えたり、苦しんだり、悲しんだりしている。それは、俺だけが感じるただの気のせいかもしれないけれど、彼らだって何もすることがないからという理由で面白おかしく暇つぶしにされるのは、多分、嫌だと思うからだ。
『何? 怖い?』
そう言う意味で、小柏さんの暇雑談はろくなもんじゃない。
彼女に悪意がないのは分かっている。ただ、天然で空気が読めない人なんだろう。
『あー。忙しーなー。お? 輪ゴムが少なくなっているぞ? ちょっと、中にとりに行ってき…』
だから、俺は、言い訳をして、いそいそと逃げるようにカウンター奥の事務室に逃げ込もうとした。
したのだけれど、それまで10分は誰も来なかったというのに、その瞬間に利用者さんがゲートを通ってくるのが視界の端に映ってしまう。
『こんにちは』
事務所に向いた足を押しとどめて、笑顔を作って、俺はその人に挨拶を送った。隣では、何もなかったように小柏さんも両手を揃えて、百合の花のような清純な笑顔を浮かべて頭を下げている。
この人は…。
横目でその笑顔を睨みつけると、小柏さんの口の端がにやり。と、表現するのがぴったりな角度に上がった。
『あ』
そんな笑顔を苦々しく思いながら顔を上げると、そこにいたのはこのところよく会う人物で、俺は思わず声を出してしまった。
『ども』
背の高いその人はひょこ。と、小さく頭を下げる。
『ども』
あの流星群の日から数日ぶりだ。
この始まり方で小柏さんが振ってくる話はろくな話がない。大抵はすこぶるつきに後味が悪い怪談話や、未解決事件の真相的なものを聞かされる。
『児童の読書スペースに雨の日に現れる少女の霊…』
ああ。やっぱりね。
と、俺は心の中で額に手を当てる。
この人の”聞いた?”話は大抵ネットで仕入れてきたスプラッターな感じの与太話なのだが、たまにこういうのが混ざっているんだ。
『寂しそうに自動ドアの方をじっとみてるんだってよ』
俺はホラーは好きなほうだ。怪談朗読を聞くのが趣味だ。
遠い世界の誰だか知らない人の話ならいい。創作だったら好きなほうだ。血がどばーっとか出ていても、それが偽物だとわかっているなら、どんなにリアルに見えてもレアステーキ食いながら見られる。
ただ、それがほんの指先を切っただけでも、本物だと分かっているものが怖い。本当に痛んでいる人がいるからだ。以前、猛獣に襲われている人の苦し気な声を聞いただけで、しばらく鬱になった。
でも、それ以上に、俺以外まだ見えている人にほとんどあったことがない世界の人のことを興味本位で語られるのは嫌いだ。
俺の見ている世界の人たちは、何かを抱えたり、苦しんだり、悲しんだりしている。それは、俺だけが感じるただの気のせいかもしれないけれど、彼らだって何もすることがないからという理由で面白おかしく暇つぶしにされるのは、多分、嫌だと思うからだ。
『何? 怖い?』
そう言う意味で、小柏さんの暇雑談はろくなもんじゃない。
彼女に悪意がないのは分かっている。ただ、天然で空気が読めない人なんだろう。
『あー。忙しーなー。お? 輪ゴムが少なくなっているぞ? ちょっと、中にとりに行ってき…』
だから、俺は、言い訳をして、いそいそと逃げるようにカウンター奥の事務室に逃げ込もうとした。
したのだけれど、それまで10分は誰も来なかったというのに、その瞬間に利用者さんがゲートを通ってくるのが視界の端に映ってしまう。
『こんにちは』
事務所に向いた足を押しとどめて、笑顔を作って、俺はその人に挨拶を送った。隣では、何もなかったように小柏さんも両手を揃えて、百合の花のような清純な笑顔を浮かべて頭を下げている。
この人は…。
横目でその笑顔を睨みつけると、小柏さんの口の端がにやり。と、表現するのがぴったりな角度に上がった。
『あ』
そんな笑顔を苦々しく思いながら顔を上げると、そこにいたのはこのところよく会う人物で、俺は思わず声を出してしまった。
『ども』
背の高いその人はひょこ。と、小さく頭を下げる。
『ども』
あの流星群の日から数日ぶりだ。
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