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司書Iの日常
司書Iの日常 1
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以前、
「図書館司書って暇なときは本読んでればいい仕事なんでしょ? 楽そうでいいよね」
と、言われたことがある。
それを俺に言った人には全く悪意がなかった。ように見えた。
本当のところ嫌味だったのかもしれないけれど、少なくとも状況的には俺を不快にさせて彼にいいことなんて一つもないような状況だったから(簡単に言うと理容師さんと客というシチュエーション)多分、天然で空気が読めない人だったんだろう。
少なくとも俺は非常に不快だった。
正直カチンときた。
図書館司書が仕事中に本を読んでいられる時間なんて(少なくとも俺のいる図書館では)殆どない。あったとしても、読書を楽しんでいるわけではないので、楽ではない。
ただ、利用者さんから”何もしていない”ように見える時間ってのは、そこそこにあるような気がする。
何故なら、図書館っていうのは、基本客商売だからだ。スーパーマーケットにピークタイムってのがあるように、図書館にも利用者さんが大量にやってくるピークタイムがあって(それが何時なのかは多分各図書館によって違うけれど)ピークタイムがあるってことは、アイドルタイムがあるってことなんだ。
つまりは、利用者さんがいない時間。
そんな時間には、確かに読書をしていたいと思わないでもないけれど、実際には返却された本の中の忘れ物や、汚損破損の確認やら、消毒やら、PCのデータ上の返却処理確認やらやることはたくさんある。
それでも、なお、確かにあるんだ。
暇な時間。
何もしてない時間。
ただし、本を読んではいられない。利用者さんが声をかけにくくなってしまうし、本の内容を追っていたら、利用者さんに気付かないかもしれないからだ。カウンターに立って、いつでもお声をかけてください。お役に立ちますよ。って、顔をしているのも大事な仕事なのだ。
と。前提として長々と話してきたのだが、簡単に言うが、今。まさに暇だった。
金曜日の昼過ぎ。俺のいる地方の市立図書館では、嘘みたいに誰も利用者さんが来ない時間が訪れる。
もはや、立ったまま寝られそうなほどに暇だ。
何度目かの欠伸を噛み殺したその時。
『暇…だね』
作業用カートの向こう側に立って同じく別に暇じゃないですよ。利用者様のお声がけをいつでもお待ちしております。って顔をしていた同僚の小柏さんが、多分俺にしか聞こえないような声で言った。
顔はこっちを見てはいないから、もしかしたら独り言なのかもしれない。
『や。別に暇じゃないです』
本当は暇なのだが、俺はそう答えた。暇だということを認めてしまってはいけない気がする。
『へえ。何がそんなに忙しいんだい?』
小柏さんが身体は正面のカウンター外に向けたまま、僅かに顔だけこちらに向けて、肩眉をくい。と持ち上げて言う。
『あーえと。ほら。あれですよ。輪ゴム揃えておかないと』
まったく必要性も重要性も実用性も緊急性もない答えに一瞬、は。と、吐息が漏れる。いや。笑ったんだ。俺の方も正面から顔だけを彼女の方に向けると、意地の悪い笑顔が返ってきた。
『あー。そーねえ。何かの役に立つかもしれないしねー』
バリアフリーの図書館の床よりも平坦な棒読みで返ってきた答えに、何だろう。敗北感を感じる。
と言っても、この人に勝てるところなんて、身長くらいだと思っているのだが。
『池井君は真面目だのう』
小柏さんは長い黒髪をいつも大人ツインテ(この言葉が正しいのかわからない)にしている年齢不詳の女性だ。いや。別に妖怪的とかそう言うことではなくて、単にセクハラだとイジメ倒されそうで怖くて年齢の話題を振れないだけなのだが。
とにかく、利用者さんと話しているときは、物腰柔らかく落ち着いた大人。といった風なのだが、司書仲間相手には途端に姉御、いや、兄貴になる推定年上のなかなかの清楚系美人である。もちろん、司書としてのキャリアも長い。
ちなみに言い忘れていたのだが、”池井君”とは、俺の名前だ。
「図書館司書って暇なときは本読んでればいい仕事なんでしょ? 楽そうでいいよね」
と、言われたことがある。
それを俺に言った人には全く悪意がなかった。ように見えた。
本当のところ嫌味だったのかもしれないけれど、少なくとも状況的には俺を不快にさせて彼にいいことなんて一つもないような状況だったから(簡単に言うと理容師さんと客というシチュエーション)多分、天然で空気が読めない人だったんだろう。
少なくとも俺は非常に不快だった。
正直カチンときた。
図書館司書が仕事中に本を読んでいられる時間なんて(少なくとも俺のいる図書館では)殆どない。あったとしても、読書を楽しんでいるわけではないので、楽ではない。
ただ、利用者さんから”何もしていない”ように見える時間ってのは、そこそこにあるような気がする。
何故なら、図書館っていうのは、基本客商売だからだ。スーパーマーケットにピークタイムってのがあるように、図書館にも利用者さんが大量にやってくるピークタイムがあって(それが何時なのかは多分各図書館によって違うけれど)ピークタイムがあるってことは、アイドルタイムがあるってことなんだ。
つまりは、利用者さんがいない時間。
そんな時間には、確かに読書をしていたいと思わないでもないけれど、実際には返却された本の中の忘れ物や、汚損破損の確認やら、消毒やら、PCのデータ上の返却処理確認やらやることはたくさんある。
それでも、なお、確かにあるんだ。
暇な時間。
何もしてない時間。
ただし、本を読んではいられない。利用者さんが声をかけにくくなってしまうし、本の内容を追っていたら、利用者さんに気付かないかもしれないからだ。カウンターに立って、いつでもお声をかけてください。お役に立ちますよ。って、顔をしているのも大事な仕事なのだ。
と。前提として長々と話してきたのだが、簡単に言うが、今。まさに暇だった。
金曜日の昼過ぎ。俺のいる地方の市立図書館では、嘘みたいに誰も利用者さんが来ない時間が訪れる。
もはや、立ったまま寝られそうなほどに暇だ。
何度目かの欠伸を噛み殺したその時。
『暇…だね』
作業用カートの向こう側に立って同じく別に暇じゃないですよ。利用者様のお声がけをいつでもお待ちしております。って顔をしていた同僚の小柏さんが、多分俺にしか聞こえないような声で言った。
顔はこっちを見てはいないから、もしかしたら独り言なのかもしれない。
『や。別に暇じゃないです』
本当は暇なのだが、俺はそう答えた。暇だということを認めてしまってはいけない気がする。
『へえ。何がそんなに忙しいんだい?』
小柏さんが身体は正面のカウンター外に向けたまま、僅かに顔だけこちらに向けて、肩眉をくい。と持ち上げて言う。
『あーえと。ほら。あれですよ。輪ゴム揃えておかないと』
まったく必要性も重要性も実用性も緊急性もない答えに一瞬、は。と、吐息が漏れる。いや。笑ったんだ。俺の方も正面から顔だけを彼女の方に向けると、意地の悪い笑顔が返ってきた。
『あー。そーねえ。何かの役に立つかもしれないしねー』
バリアフリーの図書館の床よりも平坦な棒読みで返ってきた答えに、何だろう。敗北感を感じる。
と言っても、この人に勝てるところなんて、身長くらいだと思っているのだが。
『池井君は真面目だのう』
小柏さんは長い黒髪をいつも大人ツインテ(この言葉が正しいのかわからない)にしている年齢不詳の女性だ。いや。別に妖怪的とかそう言うことではなくて、単にセクハラだとイジメ倒されそうで怖くて年齢の話題を振れないだけなのだが。
とにかく、利用者さんと話しているときは、物腰柔らかく落ち着いた大人。といった風なのだが、司書仲間相手には途端に姉御、いや、兄貴になる推定年上のなかなかの清楚系美人である。もちろん、司書としてのキャリアも長い。
ちなみに言い忘れていたのだが、”池井君”とは、俺の名前だ。
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