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絵本
絵本 5
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やはり、見えているのだと思ってから、気付く。
彼の視線が一度でも少女を見ただろうか。
書架。
絵本。
読書スペース。
椅子。
また、絵本。
彼の視線は移り変わるけれど、一度も少女を見てはいない。
表情も殆ど変わらない。無表情だ。人を不快にしたり、不安を煽ったりする表情ではないけれど、少女を安心させたり、喜ばせたりするような表情でもない。
だから、わからなくなった。
そうして、観察しているうちに、彼は、絵本を読み終わったようだ。遠くてよくわからないけれど、多分児童向けというより、幼児向けの絵本だ。読むのにさほどの時間は要らない。
長い指先が開いたときと同じくらいのゆっくりとしたスピードで本を閉じる。それから、その本の背表紙に片手を重ね、じっと何かを考えているようだった。
そして、彼は組んだ脚を解いて、立ち上がる。
持っていた本は近くにあった返本用のブックトラックに置いて、歩き出す。
何故かその時もとてもゆっくりしたペースだった。
彼が本をブックトラックに置くと、少女が立ち上がり、彼に続く。彼女はちょこちょこと雛鳥が親のあとをついて回るように、彼の後についていった。
そして、彼はゲートを抜けて、真っすぐに自動ドアの前まで歩いて行った。ご。と、音を立ててドアが開く。けれど、彼は何かを思い出したように、そこで立ち止まった。
立ち止まった彼の後ろで、少女が不思議そうに顔を上げる。
そして、その表情が変わった。
彼女の表情と呼べるようなものは殆ど見たことがない。
少し悲し気に見えているのは多分、俺の感覚の問題で、彼女の感情ではなかったと思う。
いや。それは、きっと、彼女のその表情を見たからだ。
彼女は嬉しそうに笑った。
本当に嬉しそうな笑顔だった。
それから、駆け出す。
立ち止まったままの青年の身体をすり抜けてその向こう側へ。開いた自動ドアのその向こう側へ。
一体、何が彼女をそんな顔にさせたのだろう。
見ようとした俺の視線の先で彼女はふ。と、消えた。だから、そこにはもう、青年の背中しかなかった。
何が起こったのかわからないまま、茫然としていると、立ち止まったままの青年が振り返った。視線が合う。
青年が、もう一度ブックトラックの方向に歩き出すと、その後ろで自動ドアが閉まった。そのガラスのドアの向こうに目を凝らしても、もう、彼女もその先にあっただろうものも何も見えない。
彼の視線が一度でも少女を見ただろうか。
書架。
絵本。
読書スペース。
椅子。
また、絵本。
彼の視線は移り変わるけれど、一度も少女を見てはいない。
表情も殆ど変わらない。無表情だ。人を不快にしたり、不安を煽ったりする表情ではないけれど、少女を安心させたり、喜ばせたりするような表情でもない。
だから、わからなくなった。
そうして、観察しているうちに、彼は、絵本を読み終わったようだ。遠くてよくわからないけれど、多分児童向けというより、幼児向けの絵本だ。読むのにさほどの時間は要らない。
長い指先が開いたときと同じくらいのゆっくりとしたスピードで本を閉じる。それから、その本の背表紙に片手を重ね、じっと何かを考えているようだった。
そして、彼は組んだ脚を解いて、立ち上がる。
持っていた本は近くにあった返本用のブックトラックに置いて、歩き出す。
何故かその時もとてもゆっくりしたペースだった。
彼が本をブックトラックに置くと、少女が立ち上がり、彼に続く。彼女はちょこちょこと雛鳥が親のあとをついて回るように、彼の後についていった。
そして、彼はゲートを抜けて、真っすぐに自動ドアの前まで歩いて行った。ご。と、音を立ててドアが開く。けれど、彼は何かを思い出したように、そこで立ち止まった。
立ち止まった彼の後ろで、少女が不思議そうに顔を上げる。
そして、その表情が変わった。
彼女の表情と呼べるようなものは殆ど見たことがない。
少し悲し気に見えているのは多分、俺の感覚の問題で、彼女の感情ではなかったと思う。
いや。それは、きっと、彼女のその表情を見たからだ。
彼女は嬉しそうに笑った。
本当に嬉しそうな笑顔だった。
それから、駆け出す。
立ち止まったままの青年の身体をすり抜けてその向こう側へ。開いた自動ドアのその向こう側へ。
一体、何が彼女をそんな顔にさせたのだろう。
見ようとした俺の視線の先で彼女はふ。と、消えた。だから、そこにはもう、青年の背中しかなかった。
何が起こったのかわからないまま、茫然としていると、立ち止まったままの青年が振り返った。視線が合う。
青年が、もう一度ブックトラックの方向に歩き出すと、その後ろで自動ドアが閉まった。そのガラスのドアの向こうに目を凝らしても、もう、彼女もその先にあっただろうものも何も見えない。
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