真鍮とアイオライト 1

司書Y

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流星群

流星群 2

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『あ』

 その何かを掴むため、一歩前へ踏み出そうとした時だった。
 す。
 と、目の前に何かが現れた。伸ばした掌は、その何かに阻まれて、それから一瞬後、強く、掴まれた。

『…え』

 だから、また、何も掴めなかった。
 結んだ手には何も握られてはいない。確認するまでもなくわかる。

『なにすんだよ。もう少しで…』

 その何かを見上げて、抗議しようとして、はっとした。目の前に立ちふさがった”その人”の向こう側を光が通り過ぎていく。
 車のヘッドライトだ。同時に、喧しいクラクション。すぐに連なるように赤いテールランプが通り抜けて、遠くなっていく。

 車が近づいていることになんて気付いてなかった。と、いうよりも、ここが車道の端であることも、いくら田舎で、深夜に近い時間とはいえ、高速の入り口に通じている道で、頻繁ではないにしろ車が通ることだってあるってことも、完全に頭から抜け落ちていた。

『危ないすよ』

 どこか聞き覚えのある低い声。僅かにそれがどこでだったのか考える。なんだか、深い霧の中で何かを探しているようで、はっきりしない。
 さっきから、わからないことばかりで、焦る。

 俺は何をしていたんだろう。
 掴みたかった?
 何を?
 星を?
 それとも…。

 暗い。
 この人は…。
 一緒に星を見てたのは…。

 誰なんだよ。

『前にも、会いましたよね?』

 ゆっくりと、一言一言噛んで含めるように。その人は言った。まるで子供を諭すようだと思う。だからなのだろうか、言葉は今度はしっかりと俺の中まで響いた。
 それから、声の主は掴んでいた手を握手でもするように握りなおした。

 あったかい。

『あのときも、夜だった。今夜は、星、見てました?』

 握った手は大きくて暖かかった。よく響く声は、自分の心臓の音を聞いているような静かな響きで心地いい。
 その人はすごく背が高いから、顔を見ようとすると見上げるような格好になる。半分もない月明かりが逆光になって顔ははっきりとは見えない。けれど、もう、その人が誰なのかは俺にはわかっていた。

『あ…うん。わり。ありがと』

 間違ってるって意味ではなくて、いかにも慣れていないって言う感じの少しおかしな敬語。背の高いシルエットと、低い声と、節の高い細くて長い指。
 あの眼鏡の青年だ。

『寝ぼけてた…かな?』

 作り笑いを浮かべてそう言ったのは、変な誤解をされたくなかったからだ。別に車が来るのを見計らって車道に飛び出そうとか、そんなことを思ったわけではないから。
 ただ。

 ただ?

 俺は思う。
 ただ。の後に続ける言葉が見当たらない。
 どうして。
 何に。
 手を伸ばしていたのか、自分でもよくわからない。
 まるで。

『流星群』

 低い声が呟くように言う。
 俺に言っているのかわからない。月を背にしたシルエットの輪郭がなんだか少し曖昧に見えて、本当に彼なのかと不安になる。何もないはずの彼との間に何かがあるようにゆらゆらと何かが揺らめいた気がした。

『今日、極大なんです』

 けれど、彼が握ったまま何故か(もしかしたら、俺が車道に飛び込もうとしたと勘違いして心配しているのかもしれない)離そうとしないその手の温かさは、そこにいるのが、その人本人なのだと教えてくれている。

『近くて。掴めそうすね』

 笑った気配。
 俺の手を握っていた手が離れる。
 名残惜しいと思ってから、そう思ったことに何か複雑な感情が湧き上がったけれど、それは今は心の片隅に押しやっておくことにした。
 彼は離した手を今度は空に伸ばす。

 ああ。やっぱり、細長くて綺麗な指だ。

 そんなことを思った瞬間に。星が。流れた。
 それは、強く煌めいて、ほんの数秒で消える。

 その火球にほんの一瞬視線を奪われた次に、気付くと、さっき車が通り抜けた車道に女性が立っていた。 目の前に立つ青年の肩越し。その向こう側に。
 髪の長い、綺麗な人だった。オーバーサイズの、多分自分のものではないだろう暖かそうなコートを着て、マフラーを巻いて、手袋をして、彼女は微笑んでいた。微笑んではいるのだけれど、それは、幸せそうと言うには、透明度の低い何かが混じったような微笑みだった。
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